独り言   5月20日 | はなのブログ

はなのブログ

ブログの説明を入力します。

        祇園と干し柿    20

 正しく世界を認識する。そんなことが本当に可能なのだ

ろうかしら。ぼくらは常に偏見から逃れられないのではな

いかと思う。世界などと言わなくても、一個のリンゴを認識

するに、どれほどの言葉を使用すれば事足りるのか、いや

言葉の数よちも、文節のなかみによるものであろうが、こ

んなことを考えると、わけがわからなくなってしまいそうだ。

 このへんのところはカントあたりがうまく説明しているのか

もしれないが、あいにく純粋理性批判は買うには買ったが、

現在行方不明になってしまっている。物自体なる概念はた

しかカント氏のものだったと記憶しているけれど、それから

がいけない、あやめもさかぬ、ぬばたまの闇でござる。

 てなわけで、身の丈に合わぬ話題は止そう。それがぼく

の結論。やめたやめたムツカシイことを考えることを、いく

ら考えてみてもぼくにはわからない。これはどうやら答えな

んかないことに、答を要求しているようなもんだ。答がない

のに答えを求めるなんて、ばかばかしいことではないか。

果たして、そんな無駄なことに汗をながすよりも、つまり、答

がありそうなことに、わずかなる脳髄の労働をすべきなのか。

 さて、その判断が至難の技でありまして、答がない質問な

か、答が一つなのか、はたまた答えが複数あるのか、そ

が判然としない。いやはや思考停止あるのみか。