独り言   4月22日 | はなのブログ

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         驟雨と毬   13

 つくずく言葉の不思議に思い知らされた。以前書い

たと思うが、さる京都在住のご婦人のブログを拝見し

ていたら、性別におなごと書かれていた。ぼくは読ん

だ瞬間、その言葉の新鮮な響きに感心した。なんとも

セクシーでなまめかしいではないか。

 ぼくの子供の頃の記憶であるが、老人が女の子に

「おなごのくせに、何しよんな!」と叱っていたことを覚

えています。その時の(おなご)の言葉は汚い言葉に

聞こえましたが、同じ言葉なのに京都のご婦人の発し

た(おなご)は優がで、ふくふくとしたおまんじゅうのよ

うなイメージが浮かんできます。これはどうしたことな

のでしょうか。吉本隆明の「言語にとって美とは何か」

や江藤淳の「作家は行動する」を再読すれば答えが

在るかもしれません。

 美女と醜女は容姿によるが、精神、砕けて言えば心

美人とブスの問題がある。ベストは容姿美人+心美人

であるが、ワァーストは容姿醜女+心ブスである。では

容姿美人+心ブスと容姿醜女+心美人はどちらを上に

おくかの問題が存するが、ぼくはためらわずに心美人を

選ぶであろう。でも美人・ブスは主観によるし、心のそれ

も簡単に区別はできはしまい。だいいちどんなに美人で

いっかは飽きていやになることもある。要するに男女

結びつきは愛情のみならず、さまざまな要素によって

続もすれば決裂もするということである。二人の辛抱

努力がなければ夫婦が成り立たないのである。愛が

から大丈夫なのではない。愛ほどうつろいやすくた

りないもはない。