独り言   1月24日 | はなのブログ

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      流転と啓示  4

 われは湖の子、っていいと思う。ぼく京大って素

じゃないかって思う。東大っていかにも官僚って

う感じがしてなんかなじめない感じがする気がす

けど、ぼく京大っていい感じがするんだよね。と

って京大に行けるかっていうと、ぼく全く成績が

とどかないんだけれどね。なんとなく京大がいいな

って感じがしたんだ。これって自由だよね。思うだ

けなんだから。だって京都ってとても感じのいい街

って感じがするんだ。

 これはきっと昨日読んだ本の影響があるに違い

ないんだ。その本には西本願寺と東本願寺がなぜ

あるかって書いてあったんだ。ぼくはかねがね何故

だろと思ってたんだけど、やっとわかった。本願寺は

歴史にも名高い一向一揆の宗派で信長も悩ませ

た反権力の団体であるが、1592年信長の最大の

ライバル本願寺第11世宗主顕如が生涯を終えた。

そこで12世に、顕如の嫡男教如がなったが、ここで

とんでもないことがおこった。顕如の未亡人如春尼

が顕如の末子准如こそ正当な後継者だと指定した

のである、遺言状があると秀吉に裁定をもとめた。

その結果それが認められ教如は引退した。准如が

宗主になったのが(豊臣系)浄土真宗本願寺派

(西本願寺)。一方教如のほうは、徳川幕府が成立

し、その支援を受け真宗大谷派(東本願寺)ができた。

これによって一向宗は反権力でなく、内輪もめにエネ

ルギーをつかった。家康の思惑どうりである。幕末に

おいても東は佐幕派で、西は勤王であった。分断して

支配する。これが国際的な管理の鉄則である。