独り言   12月22日 | はなのブログ

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         雪だるま   2

 空の役割を、中村元博士は次のように解説してい

る。空観はしばしば誤解されるようにあらゆる事象を

否定したり、空虚なるものであると見なして無視する

ものではなくて、実はあらゆる事象を建設し成立させ

るものである。

 「中論」によれば、「空が適合するものにたいしては、

あらゆるものがてきごうする。空が適合しないものに

対しては、あらゆるものが適合しない」という。龍樹の

著「異論の排斥」においても、「この空の成立する人

にとっては、一切のものが成立する。空性の成立しな

い人にとっては、何物も成立しない」といて同趣旨の

思想をいだいている。漢訳では、「もし人が空を信ぜば、

かの人は一切を信ず。もし人が空をぜざれば、かれ

は一切を信ぜず」と訳しているが、けだし適切であろう。

すなわち一切皆空であるがゆえに一切が成立している

のであり、もしも一切が不空であり実有であるならば一

切は成立し得ないではないか、というのである。

 ここに引用されている「中論」とは、龍樹が現した、イン

ド大乗仏教の中観派の根本典籍で、最も完成された空

の解説書とされている。「中論」は、「すべては無である」

といっているのではない。「有」とともに「無」をも否定して

いるのである。アリストテレス以来の実在論によれば、有

か無のどちらかである。でなければ無、無でなければ

有である。キリスト教もヘレニズム世界を通過したときに

ギリシャ思想の洗礼をうけており、アリストテレスの実在

論を、根強く受け継いでいる。だからどうしても、「無」であ

れば「有」ではないと考えてしまう。しかし、実在論を否定し、

式論理学を超える龍樹の論法を用いる仏教徒は、「無」

であると同時に、「有」であってもさしつかえはない。何故

ら一切は空だからである。      つづく