独り言   9月6日 | はなのブログ

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              ヘロヘロ論考  2

       ミシンが泣いている、あるいはワイシャツがいね

      むりしていることはさほど珍しいことではない。

      たとえば、ピカソはヨーロッパの写実主義の壁を

      打ち破った。たとえば、オーネット、コールマンは

        コードから自由になることでJAZZの表現をより豊

      かにになることを証明した。言葉にも同じことが言

      えるのではないか。誤解を恐れずに言わせてもら

      えば、文法のしばりにくだされない文章が可能な

      のではないか。

       そもそも文法なるものは、はたして存在するや

      否や。おそらくほとんどの人々が文法を知らなく

      ても言葉を使用している。子供ももちろん文法を

      習ってから言葉を使用しているのではなく、喋り

      だしてから、学校で文法を学ぶ。世界のほとんど

      言葉も、文法ができてから言葉ができたわけで

      はなく、言葉ができてのちに、言葉のルールを

      調べた奴がいて、文法なるものを見っけたのだ。

      したがって、調べた奴の数だけ文法ができてし

      まった。だからと言って、ぼくが文法無用論をと

      なえる気持ちはさらさらない。要するに文法の

      奴隷になるな。表現は自由だ、といいたいのだ。

      それには、ピカソの才能と、コールマンの勇気が

      必要なのだ。