諤諤たる愚者の記 20
なにかに感動するってありますよね。ぼくも振り返
ればjろんなものに感動したものだ。たとえばビート
ルズ、はじめて彼らをみ見聞きしたとき、ぼくはとま
どった。どうしようと迷った。迷ったのはぼくの理性
だ.感性ははウエルカムだった。ぼくは感性を信じ
彼らを受け入れた。JAZZとの出会いも同じような
ものだった。偶然ラジオで聴いたコルトレーンの演
奏はほとんどカルチャァショックそのものだった。ぼ
くは爆弾を扱うような気分で、恐る恐るLAZZにち
かずいた。これもまた感性のシカラシメルことなの
である。ことほどさようにぼくは、理性より感性の
判断を重視してきたのである。その感性たるやぼ
く自身のものでないと、ぼくは睨んでいる。おそら
くは日本文化に多大に影響されているらしい。ぼ
くが月を見て人恋しくなるのも、桜の花に涙する
のも、ぼくの個人的感情とは思えない。きっと日
本文化に根ざしたものと、ぼくは考えている。
ぼくの手帳から
49、聖書マタイ福音書4章8節 なんじの神で
ある主を試みるな。