諤諤たる愚者の記 19
ぼくは、みなさん、本、映画、音楽、絵画、写真、そして、
落語からもおおくのことを学んだ。どうしても学ぶというと
かたぐるしくなってしまい、方程式とか英語の文法とかが
思い浮かべるのであるが、それはちょとちがう。落語から
は、人々が生きていく上の、妙とか綾といっていいのだろ
うか、つまり、人生を綾なすなかでうまれる情感とか知恵
をぼくは文楽、志ん生、円生、三木助、などから学んだ。
落語にでてくる人々はほとんどが無学の庶民である。そ
の人々が、笑、悲しみ、怒り、ののしり、だまし、反省す
るさまは、人生の縮図そのものである。この世界では、殿
様とか学者は世間知らずのバカあつかいだ。ぼくは、彼
等名人が語る世界に笑い転げ、また涙をながしながら、
学校では学べない生活する庶民のたくましい情合と機微
を無意識に学ばしていただいた。ぼくのレコードボックス
には、モーツアルトのコーナーの隣に、文楽や志ん生全
集がもうしわけなさそうに座って次の出番をまっている。
ぼくの手帳から
48、知識人の転向は、新聞記者、ジャーナリズムの
転向からはじまる。 丸 山 真 男