ふらふらの記 16
後朝(きぬぎぬ)の別れ、と言う言葉を皆さんはごぞんじであろうか。賢明な
る皆様のことゆえ、けっ、とせせら嗤いをなさった御仁もおらでるであろうが、
ぼくは知りませんでした。気になって枕にしている広辞苑にたずねると、共寝
した男女が、翌朝、各自の着物を着て別れること。と答えてくれました。広辞
苑はアナログですが憂い奴です。枕になるし、バーベルにもよし、お部屋の飾
りに貰った高級ブランデーの隣に置いておくのにもまたよし。
逢うは別れのはじめ、生まれなければ死なない。あたりまえといえばあたり
まえ、このあたりまえにしみじみ納得するには大人として少し苦労を体験をす
る必要がある。生きるということはままならね。ままならぬことから、宗教がう
まれ神がうまれた。うまれたからといってままならぬことに変わりない。はた、
と人は頭をひねり無聊のくるしみをなぐさめるべく、和歌をうたい、舞踊をし、
物語をたのしんだ。
ここにひとりのむさきおのこがいると思っていただきたい。かたやあなたに
妙齢なるご婦人が平凡なる幸福に飽きあきし、危険なアバンチュールなるも
のに無意識のうちに、爆発せんばかりにのエネルギーのマグマがうごめいて
いる。そんな時、やすものの小説のごとく偶然という奴が作動する。この場合
おのこのほうから行動をおこさねばなるまい。めのこは受け身、あくまでも様
だけでもそそとした風情が必要。と、あるけばけばしき建物に入場。あれこれ
と体操のごときまぐわいをなし、大量の汗なるものをながす。やがて朝。天気
晴朗なれど天日は黄色。二人はそれぞれ別の道を歩みゆく。ゼルソミーナ
か。これこそ後朝の別れ。わかったかお立合い!御代はこちらだよ。