独り言  7月25日 | はなのブログ

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           ふらふらの記   15

    さわやかな風にふかれて、カントの純粋理性批判を読んでいたが、睡魔に襲

   われ、ついうとうとしてしまった。これでなんどトライしたのであろうか。そのたび

   これが果たして日本語だろうか、と訝りながらページをめくりましたが、一行い

   ちぎょうさながら異国の言葉をながめるごとく、さて面妖なと本を打っちゃってし

   まいました。

    このようなことは本だけでなく人間についてもよくあります。いぜんぼくはある

   女性と付き合っていました。仕事の関係で知り合ったのですが、ぼくはいいなと

   思ったのです。ただ不安がありました。彼女の話を聞いてみると、キャリアがほ

   とんどぼくよりか上なんです。大学といい、資格といい、比較にならないのです。

   コンプレックスが強いぼくですので、それゆえに彼女をもとめたのかもしれませ

   んが、あうたびにぼくの戸惑いはますばかりでした。具体的には、デートの時間

   を守らない。話をしてても会話が成立しない。などでこれはダメだと思いました。

   それでもなぜか会いたくなり電話をしてしまうぼくでしたが、あうたびに後悔をし

   てしまいました。彼女がぼくを必要としていないことが手に取るようにわかるん

   です。でもなぜか会いたくなって電話をしてしまうぼく自身がたまらなくいやにな

   ってしまうのでした。彼女のなにを求めたのか今になってはわかりませんが、と

   にかく会いたくてしかたがなかったのです。

    これでは先が見えないと、ある日から会うのを断念しました。一年ほどはは苦

   しかったです。通勤に汽車を利用していましたが、汽車をみるのが怖かったの

   をおぼえています。なんど飛び込もうかと思いました。過ぎてしまった今は何で

   もない思い出ですが、苦い思い出でもあります。今思えば彼女と一緒になれなく

   てよかったと思っています。おそらく毎日喧嘩で彼女とののしり合い、ひどいこと

   になっていたでしょう。彼女がいまどうしているのか興味も関心もありません。

   幸福になってほしいとか、あるいは不幸になればいい、といったこともありませ

   ん。そのご結婚しまして妻も子供たちもいます。ささやかですが幸福だとおもい

   ます。世界全体が幸福にならないうちは個人の幸福はありえない。と言ったの

   は宮沢賢治です。このテーゼは基本的には正しいです。しかしあまりにも求道

   的で息苦しい言葉でもあります。ぼくはニーチェのつぎの言葉に救われました

   まず自己愛、そして余裕があれば他者への愛を。ぼくは偽善がきらいです。