独り言  7月22日 | はなのブログ

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           ふらふらの記   12   

     流れゆく川をみながら、こうぼくは思う。ぼくがずっと川を眺めて飽きないの

    は、どうしてなのか?ここ四日ばかりぼくは川をひねもすしたすら眺めている

    が一向に飽きないのだ。これは何故だ。

     例えてみよう。日本人が好きな富士山も美しい。ぼくは以前東京に住んでい

    た。そのころぼくは夜と昼がさかさまになり、牛乳配達の音が聞こえる頃眠り

    についた。ある日の夜に雨が降ったが夜明けは晴れていた。腹がすいたので

    寝る前に何か食うものをと下宿を出た。帰りに歩道橋を歩いていると、南前

    方遥か遠くに富士がいた。ぼくは親しい知人と会合したような驚きでしばらく

    眺めていたが、10分で飽きた。

     雲でもそうだ。じっとしている雲はつまらないが、夏の入道雲を眺めていると

    飽きがこない、というよりも、砂浜で寝そべってそれを眺めていると、ワーグナ

    ーの音楽が頭のなかに轟だして、さながらオペラの一場面を観劇しているが

    ごとし。ちまちましたさやかな美よりも、たとえばぼくじしんが卑小な存在とし

    て、神のまえで拝跪するような、そんな感じにおそわれるのだ。

     と、すればいったいぼくは何に感動しているのだろうか。変化だ、動きだ。そ

    うだ、変化するもの、動いているものに感動していたのだ。変化しているもの

    は飽きない、動いているものは油断できない。そういうことなのか。

     それでなっとくした。ぼくはかねがね街をあるく人々を眺めたり、あるいは浜

    辺で打ち寄せる波を好んだのは、動いているものへの興味だったんだ。変化

    しているもの、また動いているものは、見ている者を飽きさせない。富士山が

    あまたの人々を魅了するのは、一見微動だにせぬようだが、実は、刻々と変

    化するその姿に、人々をして感動なさしむるにちがいない。