ふらふらの記 11
少なくとも心中になんのわだかまりも、不安あるいは屈託すらなく、波風が騒
がず、ただぼんやりした、たいくっな平安が幸福なのかもしれない。なにも宝くじ
が当たったとか好きな女が求愛を承認してくれた、といった非日常のできごとで
はなく、ありふれた平凡、そんな状態が幸福という名の正体であることを人は知
らない、あるいは忘れてしまったのかもしれない。ぼくたちはすでに幸福の鳥を
心で飼っている。それを知らないだけなのだ。
ACBのその日の出演者はグループTでした。ボーカルのSの魅力で人気が
あり、ゲゲゲの鬼太郎のような髪型、腕と脚が細長く、異形ともいえるスタイル
は、危険の匂いをかもしだし、女性のみならず男であるぼくさえ妙な色気にあ
てられた。このような男はどんな家に生まれ、いかなる育ち方をしたらこんなフ
ンイキをだせるのか、ぼくは知りたくなった。
ACBをでて夕食をたべた。食後、夜の不夜城新宿を散策、ひと月前は田舎
暮らしが嘘のよう、くだらない冗談を言いながら、予定の映画館を三人は目指
した。映画はアルゼの戦いだった。映画を観るなり、眠るなりしながら朝まで時
間つぶし。こんなことも学生だからできる特権だ。
映画も終わって、ぼくらは劇場からはきだされ、早朝の喫茶店でモーニング。
眠たくてうとうとしてると、眠らないで、とウエイトレスに注意された。三人は新宿
で解散し、ぼくはぼんやりした頭で電車をなんとか乗り継ぎ、玉電は瀬田の駅
でストップ。ぼくは下宿をめざす。遠くに下宿の家が見えたときは安心した。無
事家がある。燃えていない。
部屋は二階だ。階段をとことこあがると、戸の上の安全器がさがっーーーて
ない。あっああああああああああああれれれ。あわてて安全器をさげ、カギが
ああああかん。手がふるえるるるのだ。やっと戸をひらけ、ポットを見ればあき
らかに怒っている。爆発寸前だ。どうやらポットに敷いたお皿が火事をふせい
だのだ。鼻の差でセーフ。やれやれ、安堵。肝を冷やした。
その日の夕方、都ちゃんにあった。
「安全器ってなぁに?」
と聞かれた。