ふらふらの記 7
家のちかくに病院がある。O病院というが、朝はやくから老人が待合室でに
ぎわっている。
「おまはん元気でないで。なんぼになるんで」
百姓をしている木田75歳は80歳の佐藤に言った。
「もう死にかけでわだ。おまはんより5歳うえでわ。おまはんが1年の時わし
は6年じゃった」
佐藤は年金生活者で、妻は3年前に亡くなったやもめである。
「ほなかいな、もう忘すれたわでわ。ところでおまはんどこが悪いんで」
「このごろよう眠れんのじゃ、眠りがあそうてなぁ」
「ほりゃ年がいけば眠れんようになるでわだ。わしは高血圧でな、ひどいとき
はふらふらして気分が悪いでわだ。わしにくらべればおまはんはまだええで
ー、眠れんでも死ねへんは」
「生きとってもつまらん。家内がのうなって一日が長いでは。今思うともうちょ
つとやさしゅうしとけばよかった。けんかばっかりしょったけんな」
「ほうじゃな、どこの夫婦もおなじでわだ。うちもけんかばっかりじゃ。家に帰
るのが気が重い。一人のほうがなんぼええか」
「それはないものねだりじゃ。一人は退屈でよ。けんかしてでも家内がおる
ほうがよかった。おまはんはぜいたくでよ。話相手があるだけでもありがたい
ことでないで。嫁はんだいじにせなあかんでよ」
「ほうで、そんなもんじゃろか。そんなら今夜あたりひさしぶりに家内の尻で
も撫でてやろうか。はははは」
「そうしない。女はいつまでたってもうれしんもんじゃ。はははは」