ぼくの想い出にのこる本 14
武田百合子をご存じであろうか。戦後派の作家武田泰淳の妻であるが、本人
も作家である。作品は、富士日記、日日雑記、ことばの食卓、犬が星見た、な
どあるが、夫武田泰淳の作品、もの食う女、メサの使徒、未来の淫女、続未来
の淫女に武田百合子をモデルにした女がでてくる。特にもの食う女はチェホフ
のかわいい女のような作品で、武田泰淳の数ある名作のなかでも、ぼくのおき
にいりの作品である。
円谷幸吉の遺書は、つとに有名であるが、死をまえにして食い物がえんえん
と書かれ、形而上学的な言辞は一言も書かれていない不思議な遺書なのです
が、それが妙に読む者のこころをつかむ。
もの食う女も全編ただひたすら女がものを喰うのである。それだけでなんの
説明もなくても、女のかわいさ、男の女にたいする愛情が読む者に伝わる。名
作とはこういうもんだ。言葉の説明やよけいな描写はかえってじゃまになる。た
だものを喰う女と、その女を見つめる男、それだけでいいのだ。
武田家につきあいがあった、おおくの作家や編集者が、武田百合子さんの事
を書いているが、その文章の行間から必ず武田百合子の人間にたいする愛情
があふれている。彼女に出会った男は武田百合子の人柄に魅了されてしまう
のだ。
言葉は手段ではない。言葉は精神である。百合子さんの作品を通じて彼女の
精神を知ってほしい。彼女のファンは女性のほうが多いときいている。