ぼくが銭湯をすきな本当の理由 特別編 4
インターネットはありがたい、ぼくの千葉のともだちのんべさんから新婚で忙し
いにもかかわらず,船橋の劇場の健在と山喜書房の存在を知らせてもらった、
ありがたいかぎりだ。ぼくの青春は千葉にあった。後輩たちがあの劇場を守っ
てくれてるとおもうと感激だ、嬉しい、ありがたい、めんぼくない、後輩たちよ,ぼ
くは君たちを誇りに思う、愛しく思うう、同志とすら思うのだ。
もう日ずけも忘れたあの日、天候が晴れていたか、曇りだったかも忘れてしま
った。ただひたすら聖なるものを求めて、おおいなる幻想を見たくて、あるい
は愛しい故郷をたずねたくて、ぼくは船橋に行ったのだ。今でも、テレビのスポ
ーツ放送で市立船橋ときくと、心が躍りわが母校とばかり応援してしまう。それ
もこれも全てあの劇場西船橋Sのたいけんからだ。市立船橋の選手諸君はお
そらくご存じないであろうが、父兄のみなさんもおそらく知悉をしていないかもし
れないが、せめて一度劇場に赴き、校長はじめ教育委員会のバカどもを従え、
西船橋Sを巡礼してほしい、聖なるもの、大いなる幻想、あるいは愛しき故郷に
て拝謁し、恭順の意を評してはいかがなものか。
親の心子しらずと言うが、さてぼくはつらつらこう思う。恩知らずは下種であ
る。なにもぼく個人の倫理を他人さまに強要しようとするのではない。あるいは
正義をふりかざしてひとさまに説教したいわけでもない。ぼくはつまらないいち
個人かもしれない。しかし一寸の虫にもごぶの魂、ささやかでも、もうしわけな
いが矜持がある。諸君わかってほしい。両親をたいせっにしてほしいのだ。