独り言  6月7日 | はなのブログ

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          ぼくが銭湯をすきな本当の理由  特別編

    男性の異なるところにふれて、婦人の異なるところを避けるのは、フランス革

   命の崇高な理念の一つ平等に反するし、またマルクス、親鸞両先生の教えにも

   劣る。しかるがゆえに、あえて下品にながるる危険をおそれず、はからずも挑

   戦をしてみることにした

    おたちあい、まず異なるという言葉をもちいているが、むしろ婦人の場合、聖

   なるところという尊称をさしあげたい。これはぼくら、むさくるしい男どもが婦人

   を畏敬し、れ、尊敬もし、原始女性は太陽だったことを、認めるにやぶさかで

   ないことの証しである。

     今は昔こんなことがあった。中学のとき、朝、登校で校門をとうると、なんと

   近所の婦人が道端で、盥で行水をしているではないか。前を歩いていた好色の

   噂がたかい校長がメガメをずらして覗き込む姿を確かに見た。婦人はちょつと 

   色白の太めで、幼女のような笑顔をうかべていた。心が病んでいたらしい。驚

   きはしたが、いやらしj感じはしなかった。

    銭湯で男の異なものは鑑賞できるが、婦人の湯に闖入することは叶わぬ。さ 

   てどうしたものか、思案していたら、あら不思議、ぼくは18歳で世田谷の瀬田 

   というところの下宿にいてるではないか。

     親元をはなれ、かねて夢見た一人暮らし、なにをするのも自由、悪いことは

   し放題。さてどんな悪いことをしょうかな。   づづく