ぼくは映画少年だった。
むかし、娯楽がすくなかったころ、映画は娯楽の王様だった。
村むらに必ず映画館あったのだ。
おかねを払ってなかに入れば非日常の夢の世界が出現するのだ。
美男美女がスクリーンに現れ、笑や涙をながさしてくれる。
ときには善悪のたたかいに手をにぎり、どきどきはらはら、そして安堵。
ゴジラをはじめて観たとき、ぼくは腰をぬかした。
とてもつくりものだとは、思えなかった。リアリズムの世界と信じた。
銀座でゴジラが暴れているが、いつかはぼくらの村にもおそって来るのでは、と
思った。
映画ではじめて観た東京はモノクロで、まだ貧しかった。
できるものなら、いつか東京に行きたいと思った。
東京に行けば、美空ひばりや中村金之助にあえると、むねがおどった。
映画から沢山の事をまなんだ。学校より学んだ。
恋愛も映画から学んだ。
若尾文子みたいないい女はぼくらの村にはいなかった。
可能ならば、東京の女をおよめさんにしたいな、と中学生のぼくは願った。
東京に行けば若尾文子がいっぱいる、と信じた。
いまから思えば、いっぱいいる若尾文子なんて魅力ないのにね。
少年探偵団に入りたかったので、明智小五郎に手紙を書こうとしたが、住所がわ
からないのであきらめた。せめて、恰好だけもと、ハンチングをかぶり腰にまるめ
たロープをぶらさげて、幻の悪党をさがして村を友達とさまよったが、卑怯にも悪
党はあらわれなかった。
あんなにぼくに夢をみさしてくれた映画。本当にありがとう。