ぼくがでた高校は、吉野川ぞいにあり、学校のせなかには阿讃山脈がでんとすわっている。
入学式には、桜の花が満開でしたが、しらないクラスメイトとうまくいくか不安でした。
クラスの席は、男子からあいうの順序でならんでいて、ぼくはあとのほうだった。
担任の山本先生は、温厚そうな人で、一日めに、あではじまる名の男子が書いた日誌を読み上げて、
「教室が汚いので弁当がまずかった、か」
といって笑った。
ぼくも笑ったが、おかしくてわらったのではなく、安心してわらったのだ。
クラブは軽音楽に入ったが、トロンボーンたんとうになった。トランペットにあこがれていたので、少し複雑な心境でした。
だが、やがて、音楽の才能がないことに気づき軽音をやめ、不純などうきでバスケにはいりました。
だが、ふたたびバスケに才能がないことに気づきました。トラベリングがこくふくできないのです。それでマネージャーになりました。でもそれは名ばかりで、実体は雑用がかりです。
高校生活のあいだ、勉強をした記憶が全くありません。クラブも中途半端、ただバカ話のまいにちでした。青春が美しいなんて誰にもいわせない、のだ。
担任の先生もいまいちでした。学友は何人かの立派なひとがいます。
最後に、不純などうきについて説明します。
軽音の練習をさぼり、クラスメイトがはいっているバスケの練習をみにいったのですが、そこでひとりの女性にであいました。鎌ちゃんといいます。その鎌ちゃんのなま足がとてもきれいだった。走っているとしだいにピンクいろになるのです。
どうですか、不純などうきがなぜ悪い、と思う今日このごろです