パンツについての一考
子供の頃、ともだちの家で遊びつかれて夕方になり、帰ろうとしたとき、ふとみ
ると、ともだちのおとうさんが風呂からでたのか、庭で真っ赤になったからだから
湯気をだして、きもちよさそうにしていたのをおぼえている。そしてその腰には真
っ白なふんどしがしめられゆれていた。
ぼくのこどもころには、少数派だがたしかに越中ふんどし愛好家がいた。
ぼくのおとうさんは、もめんのパンツだったが、おかあさんがはいていたパンツ
はどうしても思い出せない。まさかノーパンではなかったはずだ。
大衆の男女が下着(西洋風)をつけるようになったのは昭和になってからじゃな
いかしら。それまでは男はふんどし、女の人は着物のしたはおこし、そのしたは
なし、だったはず。
もちろん、一部の上流階級は、西洋かぶれからか輸入した下着をきていたの
でしょうが。
かくいうぼくは、なに派ときかれるとこまる。下着にかんしてぼくは、まったく主
体性がない。いまもなにをはいているかすらわからない。自分で下着を買ったこ
とがなく、いつも家人まかせにしている。
まぁ、ぼくにとってパンツは空気みたいで、みえないものですな。
しかし、パンツをえらそうに論じた以上、ぼくのパンツを発表せねばなるまい。
閑話休題。
ベルトをはずしてみてみると、---トランクスでした。おそまっ。