すっかりご無沙汰しております…


もうすぐ秋も終わり。

我が施設では数日前からイルミネーションが点灯しております。


さてさて、この1ヶ月間はいろいろなことがありました…


少しずつお話させていただきますが、まずは

私の勤務が始まって以来2度目なのですが、施設に救急車がやってきました。


1度目は防犯ベルの誤作動によるもので救急車のほかに消防隊、警察まで来たこともあるのですが。


今回は子どもが痙攣を起こしたからです。

てんかんだけではなく、児童養護施設では2歳児を預かる場合もあり、
乳児下痢痙攣や熱性痙攣にも注意しなければなりません。



私は会議中だったため後から駆け付けたので痙攣は見ていませんが、

痙攣後の子どもの白目になっている様や青白い顔を見て、

自分達がおかれている立場や責任感を改めてて感じました。



私達は子ども達を守るために、養護するためにここにいるということ。


子ども1人1人のちょっとした変化も見逃さないよう

誠心誠意生活していきたいです。
先日、リービングケア委員会が主催する学習会へ参加してきました。

施設で生活する子ども達の多くが、退所後も家庭復帰できずに自立援助ホームや1人暮らしでの生活を余儀なくされています。

18歳にして、金銭的にも精神的にも自立しなければならない…

施設出身うんぬんではなく、どこの誰であってもとても難しいことです。


しかし、それがたとえ障害や心の病を抱えている子であっても

18歳になれば『自立』をさせる。

そのための支援をするのが私達職員であり、


率先して取り組んでいるのがリービングケア委員会だと思います。
(私は今回が初参加のため、全てを理解できておりません)


学習会のほかに懇親会にも参加させていただきました。

情報番組でお見掛けしたことのある方、

某有名国立大学の教授等々、、、


今の東京都の児童養護を引っ張るすごい方達を前に、私は薄っぺらすぎて話すことなんかできず

ひたすら周りの話を聞いていました。


私が働いているような児童養護施設だけでなく、
自立援助ホーム職員や障害児施設の職員、特別支援学校の先生(なんと校長先生がちらほら…!)、


もうすごい刺激でしたね。


中には学生もいて、

私の先輩から聞き付けて『今大学4年で来年から児童養護施設で働きたいと思っていて、○○さんから《ひがわさんと話してきな》と言われて来ました』と隣に来てくれた子もいて


恥ずかしながら私からもアドレス(とまで言えるようなものじゃありませんが)をさせていただきました。


今回のこの時間は、本当に貴重でした。



最近はなんか、これからもっと経験を積んでいきたい(経験を積む=年数が経つ)と思う一方で

ずっと1年目でいたいという情けない気持ちが入り混じっています。



先日、途中で勤務を抜けて虐待防止パレードに参加してきました。

オレンジリボン運動とも呼ばれます。


今年で8回目になり、第1回のときは5000人もの人達が集まったそうです。


第1部は日比谷公会堂にて鎮魂の集い。

プログラムの中に、虐待死した子どもたちの名前の読み上げがありました。

胸が締め付けられるような内容しかありませんでしたが、耳をふさぐことはできません。

私は児童養護施設職員だがら。

客席には関係者であろう方々や学生達がたくさん涙を流していました。

でも、私は泣くことも、悲しむこともできませんでした。

全て、児童養護施設職員になったからだと感じています。

新任職員である私は毎日のように児童票を読み込んでいるのですが
(児童票とは…家庭環境、生い立ち、心理判定、保護所での様子など子どものパーソナリティについて児童相談所の担当福祉司が作成したもの)



昨年までの私だったら、悲しみ哀れみ涙したことと思います。


どんな状況であれ、みんな必死で生きている。



私も必死にならなくては。