水上哲夫のブログ

水上哲夫のブログ

あちこちで話したことなどを書き綴っていきます。おんなじ話を繰り返さないように・・・

朝の連ドラ。「風、薫る」の最終回で一ノ瀬りんが出来上がった書籍を前にあれやこれや反省をする。相方の大家直美と目を合わせ「わからぬことはそのままに」と語る。この場面が気になった。

 

知識があれば答えは簡単に出る。一個100円の饅頭を3個買えば300円だ。考える必要はないし、それが正解だ。しかし、どうすればおいしい饅頭が作れるかとなると簡単ではない。何をおいしいかと感じるのは人によって違うし、地域や性別によっても違う。皮の工夫、餡の製造方法、改良すべき場所は無限にある。

 

簡単に、どうすればおいしい饅頭が作れますかと聞くのは、思考の怠慢である。「あなたにとっておいしい饅頭とはどんなものですか。」と聞きかえされてそれの答えが出せるだろうか。

 

答えが出ないことは考え続けるということを意味する。一つのことを様々な角度から検討すると知恵が深まる。「わからぬことはそのままに」する人は実は頭の中を深堀りしている人だともいえる。すぐに答えを出さない人は考える人であり、それを知的耐久力があるということができる。

昔、パソコンを扱っているとき、よく言われたことがある。「うちはパソコンを導入しました。」「今どきパソコンを使わない人は遅れていますよね。」とにかくパソコンさえ導入すれば進んだ会社と思われる。と考えていた人たちがたくさんいた。

 

ただ一つの正義を信じ、それを周りの人にも強要する。しかしその正義は、環境が変わり集団が変われば変化する。固定化された考え方ややり方をいつまでも続けてはいけない。

 

「君子は器ならず」とは論語の為政篇にある言葉。君子は特定の仕事だけしかできない人物であってはならない。というのが通常の解釈だ。けれど私は、少し違う意味でとらえている。自分だけの正義に酔い、固定したものの考え方から離れることができない。そういう人は「君子」ではない。

 

標準的なものの考え方を持つことは決して悪いことではない。けれどそれが異なる意見を排除することになってはいけない。そのような意見を受け入れる。その分の柔軟性を残している人を優秀な人というのではないだろうか、「君子」とはそういう人達の総称である。

 

古代戦国時代に中国を統一した秦は他国から優秀な人材を集め富国強兵をはかる。それに応じた商鞅は法治主義を范曙は遠交近攻を携えて強国への道を助ける。

現代の中国は外資の導入によって経済を発展させ、有能な学者を高給でに自国に招き寄せた。

 

さらに、秦では他の国が連合すること(合従)を防ごうとした。張儀を各国に派遣し秦と一対一で連携する(連衡)するよう圧力をかける。孤立した諸国に対し無理難題を押し付け徐々に自国の領土に取り込んでいく。

現代では、「自由で開かれたインド太平洋(FOIP)」という日本が提唱した周辺国の連携を崩そうとしている。さらに韓国や日本フィリピンに対し様々な圧力をかけて自分の思い通り動かそうとする。

 

春秋時代の秦に対抗しうるのは楚、趙、斉などがあった。楚は国家としてまとまりの無さに付け込む。趙には後継者争いに介入、有能な王の即位を妨げた。斉は誤った判断で燕を攻め楽毅の反撃により衰弱させられた。中でも、斉は商業国家で十分に農業国秦に対抗できる力があった。いずれも首脳陣の分断と君主の誤判断で滅んでいる。

現代では、日本、アメリカにも中国の調略の手が伸びているが国論を分断するような状況は生まれていない。

 

秦の覇権は始皇帝の死去により15年で滅んでしまう。強硬な覇権主義はもろさも持っている。

ダイエー時代に、大手企業の事務処理担当者が集まる「事務処理研究会」というものに参加したことがある。

 

参加してみると、なかなか面白い。大手の製造業で、直接人員(=直接製造に携わる人員)は2割しかいおらず、残りの8割は間接人員という会社があった。ほかにも様々な人々がいて、特に製造業の人の話は面白かった。

そして、よく言われたのは、「おたくはいいね、中内さんはワンマン社長だから社長が言えばみんな右倣えなんだろう?」ということだった。

 

だが実際は、そんな単純ではない。数万人に及ぶ大きな組織は、要所要所にさまざまに考えをめぐらす人がいなければ維持できない。社長が言えば何でもガラガラ動いてしまうようなもろい組織はあっとという間に崩壊してしまう。

 

同期の友人で、最後までダイエーにいて大型店の店長までした男がこう言っていた。イオンと引継ぎをしていて、これはそちらのマニュアルではどうなっていますか?と聞いたらそんなマニュアルはないっていうんだよな。やっぱりダイエーのほうがそういうマニュアルはきちんとしていたな。

 

 

 

先日、GIGAZINEというニュースサイトに面白い記事が載っていたので紹介したい。

 

 

イギリスで900以上の店舗を経営するIceland Foodsが、自社の歴史を振り返って「私たちの物語」を発表した。その中で2001年から2005年までを暗黒の時代だったと振り返っていた。

業績改善のため外部のコンサルタントを導入。経営陣を入替え大幅な組織変革を実施した。だが業績は逆に悪化。結局経営陣は元に戻った。

 

その経緯をボートレースに例えている。AとBの2つのチームがボートレースをして、BはわずかにAに及ばなかった。原因調査によれば、Aは、こぎ手が7人でキャプテンが1人。Bはこぎ手が1人でキャプテンが7人だった。そこでコンサルタントは、Bの構成をこぎ手1人、4人のキャプテン、2人のマネージャー、1人のシニアディレクターに変更した。

だが以前より差をつけられて敗北。原因はこぎ手の能力不足として彼を解雇。ボートの改良とこぎ手の募集に着手した。

 

コンサルタントなどの頭のいい人たちに頼りすぎると結局自分がひどい目に合う。AIでも同じことである。自分の頭を人に預けてはいけない。今の日本も少々頭でっかちになっていないか。

 

 

熊本地震の被害者は8月15日現在死者39名となった。

これについてニューヨーク・タイムズ(米国)が8月11日に報じた記事がある。6月におきたほぼ同規模のベネズエラの地震では6000名の死者。熊本はなぜそんなに少ないのかという分析である。

 

理由について、カナダのウェスタン大学で地震工学を専門とする合田且一朗(ごうだ かついちろう)教授は次のように述べている。

 

都市の重要インフラの耐震性

地域社会での徹底した防災訓練

住宅の耐震改修費への補助金

 

 

 

 
 

日本という国は、災害が多い国だ。だから国民もそれに対応しようとする意識が高い。ただ、災害発生時には現場の悲惨さに関心が集中し、細かなことばかり知りたがる傾向がある。ちょっと頭をあげて周りを見る余裕が欲しい。

 

そういえば、災害が起きた時。アメリカ人は写真を欲しがり、イギリス人は論評を欲しがり、日本人は日本人の犠牲者だけを聞きたがる。という話を昔聞いたことがある。

 

 

 

 

 

 

 

青春ドラマなどでよくあるシーン。クラブのエースだった男(女)がけがで競技をあきらめざるを得なくなる。彼(彼女)は嘆き悲しみドラマはクライマックスを迎える。

どんな人生にも引退はある。それまでにはさまざまな出来事があるのではないか。

 

一直線に生きることは果たしていいことなのだろうか。後藤新平は、医者をめざして須賀川医学校を卒業する。日清戦争後大陸から戻る兵士23万人のコレラ検疫を2か月でやり遂げたあたりから政治家色が強くなる。その後、台湾民生局長官としてアヘンの撲滅に力を尽くし満州鉄道総裁を経て東京市長となる。

もともと彼は政治家志望だったという話もあるが、医学生として得た知識と経験がその後の人生に大いに役立ったことは間違いない。

ちなみに、今の朝ドラ「風、薫る」に登場した中村倫也演ずる患者柳生はどうやら後藤新平がモデルらしい。

 

人生には紆余曲折がある。おかれた場所できちんと努力を積み重ねていくことが大事で、その知識と経験が思わぬところで役に立つことがある。

 

今日の日経流通新聞にヨークベニマル名誉会長大高善興さんの文章が載っていた。

 

 

故鈴木敏文氏の功績で最大のものは「タンピンカンリ」だったという。これはトヨタのカイゼンと同様世界中でイノベーションを生み出した。もちろんコンピューターの発達なしではなしえなかったことは間違いない。

 

PCがではじめたころ、8ビットのパソコンで会社の請求書二百枚余りを印刷したことがあった。請求データを入力しコード順に請求書を発行するという簡単極まりないシステムだったが印字が終わるのに10時間もかかったことを思い出す。今や、数百万数億のデータ処理を瞬時にやってのける最新機器を見ると隔世の感がある。

 

現代では、どんな季節にどんな時間帯でどんな人が何を買ったのかを分析できる、そういうファクトを積み上げて事実を探り出し解決策を探ることができるようになった。なんとなく売れてる、とか、お客さんが来ているなどというあいまいな判断で終わってはいけない。それは何時なのか、どんなお客さんなのかをきちんと押さえられる時代なのである。数値に語らせる工夫が欠かせない。

中国はレアアースの輸出に制限をかけている。日本国内は大変だと大騒ぎ。これに対する2つの記事が対照的で面白い。

 

一つは、「中国のレアアース産業に『致命的な弱点』」という台湾自由時報のニュース。これによれば、レアアースに関する重要な特許は米国や日本が押さえている。いくらレアアースを持っていてもこれを製品化する技術を持たぬ中国はそこが弱点である。

 

 

 

もう一つは、「中国、『レアアース鋼』で狙う強靱な覇権、川下の製品加工まで特許寡占」という日本経済新聞の記事だ。中国ではレアアースの用途を開発すべく、最先端の鋼材開発に力を入れ、2025年には新規公開特許の80%を中国が占めている。

 

 

2つのニュースのどちらが正しいかと考えると事実を見誤る。レアアースの輸出を絞れば、販売量が減少し在庫が増える。中国国内での消費量の増大策を考え、レアアースの利用に関する研究・開発に力を入れざるを得ないという実態があるのではないか。

 

ここまで考えて、多様な意見を捨てることなく拾い上げてまとめていく過程は、DEI(Diversity多様性、Equity公平性、Inclusion包括性)と呼んでいいのではないかと思う。

 

 

 

発明王エジソンの逸話である。小学校に通い始めたころ。1+1はどうして2になるのかがわからないと先生に質問したという。いくら説明してもわからない彼に先生はもう学校へ来なくてよろしいと言い渡した。彼が現在の小学校に通っていたらどんなことが起きるだろうか。

 

似た話があって、小学校の先生に、「1+1はどうして2なんですか」と質問すると、こんなこともわからないのかという顔をする。ところが一流の大学教授に同じ質問をすると、黒板の前で腕を組んで考え込んで動かなくなった。という。

 

エジソンは、泥団子1個に別の泥団子を混ぜても(大きい)1個の泥団子にしかならないと考えたらしい。

実は同じものという概念は意外に難しい。2個の饅頭が同じというのは厳密に言うとあり得ない。砂糖の量は百万分の1ミリグラムまで同じだろうか。同じとして、すべての分子の配列個数まで同じだろうか。そう考えるときりがない。

要は人間がわかりやすくするように適当なところで丸めているに過ぎない。