「最後の夏-ここに君がいたこと-」 | love story [恋愛小説]

love story [恋愛小説]

様々な恋愛小説があります。

「ばあちゃんは黙っといて!! 真剣勝負なんだから」
陸が大きな声を出した。
「はいはい」
夏の間は毎日の事だ。と、ばあちゃんはため息をついた。
「いくよ」
「おぉ……」
ふたりの間をつむじ風が舞う。
すぅっと息を吸い込むと、陸が声を張り上げた。
「アイスを賭けて—っ」
「「じゃんけんほっっ!!」」
陸の掌が虚しく空を切る。
パ—とチョキ。
「ありがとうございます」
私はにやりと笑って、陸に向かってピースをした。
この夏の陸の対戦成績は、——ずばり4勝16敗だ。


「陸はジャンケンが弱いねぇ」
そう言うとばあちゃんは、よっこらしょと曲がった腰で立ち上がって、棒アイスを2本取り出した。
苺とメロン。私たちのお決まりの味だ。
よく冷えた2本のアイスは、太陽に照らされて白い煙を出している。
「はい、120円だよ」
「今月、金ねぇのに……」
陸は半泣きになりながら、だぼだぼのズボンのポケットから10円玉を12枚取り出して、ばあちゃんに渡した。
シワシワの手でお金を受け取るや否や、ばあちゃんが叫ぶ。
「はい、どうも。ほらふたりとも遅刻だよ!! さっさと行きなっ」
「いってきま—す」
アイスを口にほおりこんで、私達は一斉に走りだした。

今日も朝からやたらと暑い。

裏山のセミ達が、
この夏に生きた証を
残そうと必死に鳴いている。
 
 
「よーっし!」
 
 
学校へと長く続く、
大きく曲がりくねった石段を
見上げて、私は気合を入れた。
 
 
そうでもしないと眩暈がしてくる。

「気合い入ってますねぇ、志津さん」
 
 
横に並んだ陸が制服の
ズボンの裾をスネまで折り上げた。
 
私も履いていた紺色の
ハイソックスを脱ぐと、
使いすぎてボロボロになった
スクールバッグに押し込む。
 
ローファーのかかとを踏み潰すと、
裸足にぺとっとくっついた。

半袖のワイシャツの袖を
更に捲りあげて、
カバンを肩に掛け直す。
 
陸の方をチラッと見ると、
まだズボンの丈をなおしている。
 
 
出し抜くなら今だ。
 
心の中でカウントが始まる。
 
 
3、2、1……。
 
 
ふぅっと息を
吐き出して石段に足を掛けた。
 
 
——Ready…….
 
 
 
「ごぅっ!!」
 
 
 
つまさきに力を入れて
一気に駆け上がり出す。
 
 
「あ—!!志津フライングだぞ、それ—っ!!!!」
 
 
ふいを付かれた陸が、慌てて叫ぶ。
 
 
「うっさい!! サッカー部の意地見せてみろやーっ」
 
 
だらんと垂れていた赤いリボンが、
胸元で揺れるのが視界の端で見えた。
 
 
石段を登るたび、
ダンダンダンと重い振動が脳天に響く。
 
 
登っても登っても終わりが
見えない段数の多さに、思わず笑えてくる。
 
 
陸もようやく駆け上がり始めたらしく、
うしろから足音が迫ってきた。
 
 
「スカ—トん中、丸見えだぞ—っ」
 
 
「ほっとけバカっ!!」
 
 
息を切らしながら振り向いて笑うと、
くわえているアイスが
だらしなく口の端から垂れてくる。
 
 
「志津汚ねぇ!!」と笑っている陸だって、
口の周りがアイスだらけだ。


「抜—かしっ」
 

石段を半分くらい
登ったところで抜かれてしまった。
 
 
「さすが……サッカー部の自称エース……」
 
 
痛くなった横腹を押さえながら、
立ち止まると苦笑いした。
 
もう走れない。
 
アイスが全部溶けてしまい、
口の中には木の棒だけが淋しく残っている。
 
石段の錆びた手摺りに掴まると、
私はその場にしゃがみ込んだ。
 
毎朝この辺でバテてしまう。
 
 
手摺りの向こうには、私たちが住む町と一面の海が広がっている。
 
 
「志津、早くしろや—!! 1限に間に合わねぇぞ—」
 
 
遥か上から、陸が呼んでいる。
 
 
「わかってる—!!」
 
 
カラカラになった喉で怒鳴った。