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風景というか心象というか、
好きなページを開き、
ゆっくりたどって、味わうような
掌短編みたいな日記。



「物語の主人公達」の絵画展ときいて
不思議の国のアリスや桃太郎や
なつかしい長靴下のピッピの、
新しく描かれた物語(ファンタジー)の主人公達を眺めていたところ

關さんは「三島由紀夫の潮騒」

そーきたか。

photo:05



線は強いのだが、どことなく頼りない、二人の輪郭線。
男の差し出す手は、

つながれていたのか
あるいは離れたのか

二人の向こうむこうに、透かした海が広がっている


たゆうたう二人の蜃気楼に
横切るイバラは、赤い糸か
爆ぜる棘の炎みたいに繋いでいる
彼女はうつむき、顔をふせている。

photo:06




天に薄紅色の高揚
早春の空のすがすがしさを
うつす水面のような画面全体。

photo:08




額の下部に画を軽くえぐる
彫刻刀の引っ掻き傷が
キャンパスの下地の木材をあらわにしていて、
それが海の静かな荒波のようで

とても緊張的なのだ。

photo:07




それにしても、なんと
やわらかな空色だろう
さざなみが聴こえてきそうだ。

若さと、情熱と、はかなさと、あやうさ。


photo:04





なんで、三島由紀夫の潮騒だったかは、
關さんと、お会いしたときに聞いてみよう。





《Facebookから転載》






photo:01






「物語の中の主人公たち2」
ギャラリー枝香庵(銀座)
2013.6.24~7.1まで
http://echo-ann.blogzine.jp/blog/



いつも
訪問ありがとうございますね。

少し写真を構成しなおして読みやすくみました。
(6/27)
絵を見る時、何を考え感じ見てるのだろう。そんな感じになっているといいな。涼












photo:01



「ちょっと、出ているので」

とギャラリーの主さんに声を掛けられて軽く会釈をする。
会うのは一年振りかもしれない。

巧さんの最近の器をみていた。

ほのかなピンクの花びらのような
盃(さかづき)が気になった。
すこし深めな底に光をあてると
まあるい光臨が、ゆれて廻る。

冷たい酒を、ふくみたくなった。


photo:02




巧さんがやってきた。
「どうも、おひさしぶりです。」
「少し買い出しを。」
とポリエチレン袋の荷物。


それから、
陶芸とは関係ない話。

巧さんの尖った音楽好きなことはFacebookでのYouTubeのリンク貼りで知っていたが
中古レコード屋でレアなレコード盤を静岡まで買い求めにいくほどとは初めて知った。

「ホコリが入っちゃうから、作っているときは聴かない」

なるほど、砂と土の作業場だ。
だからイギリスのBBC-6のラジオ番組を聴くんだ。


photo:03




「陶器って、人の手が加わっているのに、すごく自然のものに感じますね」


釉薬(焼く前に塗る上薬)と土にふくまれる金属が、強烈な熱によってカタチや色となって表面に滲みだしたり、
きれいな模様を作るのだ。

ーできあがった時に、驚きがあるー

棚の上の少し渋めの色をした椀を
手にして、巧さんは目を細めて笑む。
人間の介入できない領域があるのだ。
だから、人工物なのに、自然物の風合いなのか。


焼く前の陶器を宇宙から地球に落としたら、流れ星の焼き物になりますね。

とか、くだらないことを妄想した。

「アレ、流れ星の表面っって(陶器の)それだよ」

そのぐらいの温度なのだそうだ。


「あ、大気圏でザクは、溶けちゃいますね」
「ガンダムは、アレなんで溶けないんだろう」

だはは。


さっきギャラリー主さんが入れてくれた
冷たいお茶も飲んでしまった。

あ、このコップも巧さんの作品だ。
話しすぎてしまった。そろそろだろう。


「(結果が)どうなるかが、わからない。だから続けているのかも」

ーできあがったときに、驚きがあるー



それはお芝居にも通じる。



桜のような紅の輪花盃を
ひとつ買うことにした。








ここは霞ヶ関だ。
知り合いの画家さんの共同展示が
銀座三丁目でやっている。
歩いたら間に合うかもしれない。







「加藤巧 陶」いそがやi•スペース
2013.6.24~29まで





いつも、
訪問ありがとうございますね。涼









photo:01




「本棚を見ると、その人がわかる」

というように。

町口覚さんのこれまで見てきた
写真を切り取った「写真集」の写真本。

1000の断片の
「写真」と「言葉」を
浮遊しながら、
強烈に、あるいは、ふと
心を掴まれる。

若かりしアラーキーの私製本「センチメンタルな旅」(恐らくかなりの稀少本)
肉筆の前書きの
「前略、もう我慢できません。」
で始まる文章の迫力。

激動の50年代から60年代のアメリカの歴史的なフォトや忘れた日本の風景、喧騒の昭和。
そして、震災から現在。
写真という詩と哲学。

ある意味、写真集の歴史書。

『町口覚一◯◯◯』1◯◯◯BUNKO




《瀧下涼Facebookより抜粋記事》






Facebookやっているのですが、何を載せたらいいのかわからなくて、やたら人の記事で気に入ったものをシェアしてますね。
これでいいのかな 涼