『論語』顔淵第12に,孔子の言葉として「訴へを聴くは吾猶ほ人のごときなり。必ずや訴へなからしめんか。」とあります。「裁判をさせたなら,私も人並にはできよう。私の理想は,訴訟事のない社会を作ることだ。」というような意味です。
これはまさに,法律家として忘れるべからざる根本でしょう。最高裁判事も歴任された家族法の泰斗,穂積重遠博士は,「昭和24年の春,はからずも裁判官を拝命したとき,そのとたん心に浮かんだのはこの一句である。」と言われています(『新訳論語』(講談社学術文庫版315頁))。
この句を敷衍して,『大学』ではさらに「情(まこと)なき者はその辞を尽くすことを得ざらしめ,大いに民の志を畏れしむ。此れを本を知ると謂ふなり。」とあります。
「意を誠にす」ということを説いたものですが,濫訴・虚偽告訴などをなからしめることの重要性を述べるものです。
わが国の現行法の以下のごとき規定と考えあわせるとき,まことに意味深長なものがあるといえましょう。
憲法12条 この憲法が国民に保障する自由及び権利は,国民の不断の努力によつて,これを保持しなければならない。又,国民は,これを濫用してはならないのであつて,常に公共の福祉のためにこれを利用する責任を負ふ。
民法1条 私権は,公共の福祉に適合しなければならない。
2 権利の行使及び義務の履行は,信義に従い誠実に行わなければならない。
3 権利の濫用は,これを許さない。
民事訴訟法2条 裁判所は,民事訴訟が公正かつ迅速に行われるように努め,当事者は,信義に従い誠実に民事訴訟を追行しなければならない。
刑事訴訟規則1項2項 訴訟上のは, 権利これを 誠実に行使し,濫用 してはならない。