お盆の三日目、四天王寺さんにお詣りしてまいりました。
ひと昔前の左傾の論客は、日本の支配階級が仏教を、民衆支配に都合の良い形で部分的に輸入したと主張しましたが、参詣する多くの人びとの姿を見るにつれ、決して当を得た論ではないと実感します。

盂蘭盆会有感 (盂蘭盆会 感有り)

仏法通神道 (仏法 神道に通じ)
倶成日本心 (倶に 日本の心と成る)
後生時合掌 (後生 時に合掌し)
宜念四恩深 (宜しく念(おも)ふべし 四恩の深きを)



最近、熱帯のような空模様の日が多く、学生の頃に行きましたシンガポール小旅行が思い出されます。

頭上から照りつける太陽、山のような入道雲、そして遠くから響き渡る雷の音…まさに南洋です。

遠雷(ゑんらい)や 雨は馬来(マライ)か スマトラか
非常に暑さの厳しい日が続き、入道雲も湧き立ちます。

望大雲峰 (大雲峰を望む)

悠然独立大雄峰 (悠然 独り立つ 大雄峰)
不懼勇姿揺我胸 (懼れざるの勇姿 我が胸を揺るがす)
兵鼓天鳴俄動地 (兵鼓 天に鳴りて 俄に地を動(どよ)もせば)
雲間正道見昇龍 (雲間の正道に 昇龍を見る)



最近、江戸時代の代表的な農書、『農業全書』を読み始めました。
いわば人間生活の根幹というべき農業についても、知識や理解を得たいと思います。

総論と最終章をまず読んだのですが、作者の宮崎安貞という人が、確固たる哲学(主として儒学)と高潔な理想に立脚した技術論を敷衍していることに驚かされました。また、日本の国柄・歴史・風土について優れた見識を抱き、それに基づいた農業論を展開しているのにも感銘を受けます。
確固たる思想・哲学に立脚した実学、わが国の在り方を踏まえた技術など、現代の我々の範とすべき態度がこの書にはあります。
安貞翁は17世紀の人で、広島藩士の家に生まれ、長じては福岡藩に仕官します。その後30歳の若さで致仕して農村に住み、以後、西日本各地を渡って農業の研究に半生を捧げ、元禄10年に数え75歳で亡くなりました。

読農業全書 (『農業全書』を読む)

偏思本朝食 (偏に 本朝の食を思ひ)
静問筑州翁 (静かに 筑州の翁に問ふ)
博覧他書籍 (博く 他(かれ)の書籍を覧(み))
深知我国風 (深く 我が国風を知る)
心従先聖正 (心は 先聖に従ひて正しく)
技学老農工 (技は 老農に学びて工(たくみ)なり)
後進宜伝習 (後進 宜しく伝習すべし)
彬彬不朽功 (彬彬たる 不朽の功を)
6月下旬から厳しい暑さが続いていますが、朝早くは薄曇りの日が多くなっています。
夏の朝方に雲が多くなる現象を「朝曇り」といい、そういう日は日中大変暑くなることが多いとされています。
この現象は陸海風などによって起こるようですが、夏の季語にもなっています。

私がこの「朝曇り」という言葉を初めて聞いたのは、確か小学6年くらいの頃です。父が教えてくれました。早速『大辞林』を引き、夏の季語となっていることを伝えますと、「やっぱりそうやったか」と微笑んでくれたのが懐かしく思い出されます。
「朝曇り」が夏の季語になったのは、明治の終わりから大正の頃だったと、最近知りました。父は昭和2年生まれですから、少年の頃にはまだ新しい季語として紹介されていて、それで印象深かったのかもしれません。

朝曇り 晴れて清(さや)けき かげ見れば
庭の訓(をし)への 思はるるかな