『古今和歌集』の「真名序」(漢文で書かれた序文)を読んでいますと、予想以上の力強さに心を打たれます。国風の担い手としての自負と熱量とが、千余年の時を経て、ヒシヒシと伝わってくるのです。
平安文化は実際のところ、思われている以上の強さを含むものだと言って良いでしょう。

読古今集真名序 (『古今集』の「真名序」を読む)

質朴文章顕古風 (質朴の文章 古風を顕し)
盛唐華麗在其中 (盛唐の華麗 其の中に在り)
誰言妙手夫繊弱 (誰か言はん 妙手 夫れ繊弱なりと)
後進宜思彼志雄 (後進 宜しく思ふべし 彼の志の雄なるを)
本日六月二十九日、お蔭様にて満四十七歳を迎えることができました。
感謝です。

令和七年六月二十九日述懐 (令和七年六月二十九日 懐ひを述ぶ)

学遅多惑白頭人 (学び遅く 惑ひ多し 白頭の人)
漸得勝縁吾志新 (漸く勝縁を得て 吾が志新たなり)
不好談経争席次 (好まず 経を談じて席次を争ふを)
微才為尽至情臣 (微才 為に尽くさん 至情の臣)

(第三句は、広瀬淡窓翁の詠(長鋏帰りなん 故国の春…)を踏まえたものです。)
所用で、岡山県、香川県方面に行って参りました。
雨天でしたが、瀬戸内海は波もほとんどなく鏡のようで、海上に浮かぶきれいな形の島々の方が、恰も外海の波のように思えました。

瀬戸内海雨情

濛濛内海似江河 (濛濛たる内海 江河に似て)
淅瀝雨声如棹歌 (淅瀝たる雨声 棹歌の如し)
風至雲行見群島 (風至り 雲行き 群島見(あらは)るれば)
或疑其状外洋波 (或は疑ふ 其の状 外洋の波ならんかと)
昨日、所用で奈良県に向かう途中、近鉄の車窓から二上山が見えました。
古代の様々な逸話の舞台となった山で、『万葉集』にも歌われています。
また、石器の材料として、あるいは美しい音色で知られるサヌカイトの産地でもあります。
いろいろなことに思いを馳せていますと、頭を過ったのは、「切磋琢磨」の由来となった『詩経』あるいは『大学』の一節です。

夏日望二上山 (夏日 二上山を望む)

夏日望山正気新 (夏日 山を望めば 正気新なり)
清風緑竹払都塵 (清風緑竹 都塵を払ふ)
余音上古磋磨石 (余音 上古磋磨の石)
静想先賢有斐人 (静かに想ふ 先賢斐有るの人を)
日本は元号を廃止して西暦に統一すべきであるという説を唱える人が少なくないのですが、我が国の国柄を考えない暴論であるように、私には思えます。
紀年法は世界的にみても、決して西暦(グレゴリオ暦)だけではありません。自分たちの紀年法を持つことは、独立国の国民として極めて当然です。我が国が飛鳥時代に「大化」という元号を採用し、(しばらく中断はあったにせよ)千数百年にわたって固有の元号を用い続けてきたことは、独特の文明を築き上げ、世界のうちに確固たる地位を占める上で、非常に重要な役割を果たしていると確信します。
そして元号は、和漢の古典から佳い字を選んで制定されるものですから、その時代の理想を示したものでもあります。

元号

天皇代始召賢臣 (天皇 代始 賢臣を召し)

窮理論文以道民 (理を窮め 文を論ぜしめ 以て民を道(みちび)きたまふ)

千古扶桑紀年法 (千古 扶桑 紀年の法)

蓋思王土大精神 (蓋(なん)ぞ思はざる 王土の大精神を)