見ていると、確かに街中でよく見かけるおじさん達。
時計、靴の修理屋さん、 路上散髪屋さん、 合い鍵やさん、
風変わりでは包丁研ぎ屋、 キリギリス売り、ジャスミン、夏みかんジュース、あとサイン家さん、というのまである。
サイン家さんとは、名前を伝えると1文字1元で格好いいサインを作ってくれるらしい。
合鍵、時計、靴修理あたりはお世話になったこともあるけれど、実際は我々の感覚からすれば、お世辞にもどれも精度のよいものとは言えない。
正直、「これなら自分でやったほうがよかった・・・」と思う残念な事もしばしばだし、サービスもマイペース。
でもこの記事を見てふと思った事は、
「それでも彼らはこれで飯を食っている。」 ということ。
精度がどうとか、サービスがわかってないとか、そういうことではなく、
「つべこべ言わず、自分ができることをやっている」
例えば 包丁研ぎやさん、 誰でもできるといえばそれまで。
いくらにもならない、そう言って誰も見向きもしなさそうな事を、それだけに特化してやっている。
まぁ、それを極めて行って、チャンスを見つけて大きく成功してやろう、とか言った無粋な出世欲もなさそうなのが残念ではあるが、儲けは小さいのだろうが、一攫千金はなくとも確実に稼いでいる気がする。
なにもせずに理由だけを並べているニートよりも、見た目がどうとか、道具がどうとか、儲けが小さいとか、下手とかうまいとか関係なく、彼らはちゃんと、
「客からお金を受け取っている」
という事実がある。
しかも「自分が押し付けた、自分の価値」 とかではなく、にニーズのある線上に自分を置きに言っている。
「お客がいる」、ということはビジネスの大前提条件だ。
お金をもらうということ、お客をとる、ということ、これが一番難しく重要なこと。
その大小の問題ではない。
街のちいさな「ビジネスマン」の話に、大きなヒントをもらった。
何を売るか、じゃなく、客がいるものは何か?
小さな儲けでいいから、客がいるものを、できる形で探してみて、やれることからやってみよう、
と思った話。