オリンピックが終わりましたね。
この時ばかりは、競技が始まってから名前を知って応援を始めるにわかファンが増えますが、選手にすれば、国を背負っている事を実感する機会かもしれませんね。
オリンピックが素晴らしいのは、スポーツを通じた真剣な表情が映し出されることだと思います。
やはり「目標」を見据えている真剣な「目」というのは、「格好いい」ですね。
一方で、今回は全体を通じてミスジャッジと、判定の覆りが多々あったようです。
男子体操でも、判定が出たあと、監督、コーチが抗議の末、ポイントが変り見事に銀メダルを獲得しました。
実は他の競技、他のチームでもいくつもあったと聞きます。
監督、コーチの行動は素晴らしいですし、そうした行動で選手の頑張りに報いるのは監督、コーチの「役目」だと思います。
それは大いに分かるところですが、ただ、主役の選手にしてみたら「結果」だけではない「後味の悪さ」が残るのも理解できます。
視点を変えると審判も大変です。 正確なジャッジ(千引きがむずかしい)が、前提にあって、指摘されるのは「ミスジャッジ」です。 マイナス評価の「少なさ」が彼らの質にはなると思いますが、それでも大事な局面での1回のミスが、大きく評価を左右することもあるはずです。
審判のモチベーション維持は大変だと思います。
それでも人の目で審査する以上、悪意の故意がない前提で、審判の判定を絶対とする「暗黙の了解」は「スポーツマンシップ」という事を、なでしこの佐々木監督が教えてくれたコメントがあります。
なでしこ 対 アメリカ 決勝戦、前半ではアメリカ選手に「ハンド」、後半に「ホールディング」の疑惑があり、アメリカ選手も後にそれを認めています。 この2回の疑惑はペナルティエリアだったため、2回のPKに値するペナルティだったそうですが、周りも認知する状況のなか、ペナルティは取られないまま試合は続行しました。
結果はご存知の通り1点差でアメリカが勝ち、日本は銀という結果に。
これに対し、試合後に佐々木監督がコメントを求められ次の様に答えました。
「え? なんのことですか? 審判が何を見ていたのかは分かりませんが、私は審判の判定を尊重します」
今回の一連の「ミスジャッジ」の問題に対し、抗議するのも監督の役目かもしれませんが、佐々木監督の一言で「スポーツマンシップ精神」を考えさせたリーダーシップに感心させられました。
なんとなく「なんだかねぇ~」の空気をよそ目に、つかの間の涼風が吹いた気もします。
ところでビジネスの世界や、現実の世界では、こうした現場での審判はほとんどの場合いません。
またこういうミスジャッジも至るところで起こっているわけです。
その場でジャッジができなければ、相手の反則に泣き寝入りすることも多々あるわけで、それに勝つためには、誰に言い訳をするでなく、自分でまた点数を取り返すしかない世界です。
即時にジャッジできる能力や知識、ミスジャッジにかかわらない実力、それもものともしない圧倒的強さがあればそれに越したことはありませんが、なによりも、全ての事柄を「自分」の成長の為の理由に置き換えられる人間、が生き残る気がします。