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Twitter、使いこなせてますか。

今年からブログを書くようになり、と同時に当たり前のようにそれに付随するソーシャル系のメディアが気になっているのですが、もうすっかりそこらへんを賑わしまくっているTwitterについての本を読みました。既に食傷気味の方はすいません。

Twitter使いこなし術 パワーユーザー100人の「技」を公開 (アスキー新書)
根岸 智幸
アスキー・メディアワークス
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Twitterはちょこちょこ盛り上がってる感が出てきていた1年くらい前にアカウントをとったんですが、なんか大学生の時に一時mixiが著名人含めて爆発的に流行り、一通り知り合いを登録した後は、あまりいじってないなぁという思いでTwitterにも似たようなものを初めは感じていたんですが、そのオープンな感じや気軽さ、そしてそれが故の奥の深さで今回はちょっと、というかだいぶ様子が違うようです。


本の内容としては、初心者のアカウント作成~オリジナルボット(ロボットの自動ツイート)作成まで幅広く、まさに題名のごとく「使いこなし術」が書いてあるので、非常に読みやすくお勧めです。Firefoxって何?アドオンって何?グっグリースな猿?という方にはざくっと読んで意味不明な点も多々あるかと思いますが、まずはアカウント作成して、読みながら一つ一つ実践していくのが良さそうです。

実際、自分の周りに聞いてみても、「そもそもTwitterって何?」って人って意外に多いので、まだまだ、広告・Web・マーケティング・ITなどを含めたコミュニケーション系のお仕事の人や、普通に情報感度が高い人が中心でのメディアかと思うので(逆にそれがいいのかもしれませんが)、テレビや雑誌や書籍などでどこまで広がるのか心躍らせています。

なので、僕も早く使いこなさないと。まだ、おととい専用クライアント(HootSuite)をちゃんと使い始め(むかーしにTweenもちょこっといじったんですが)、全然使いこなせてないので。

でも実際のところ、感覚として「使いこなせている」もしくは「面白みを感じている」を一つに基準として考えると、まだアーリーアダプターの段階でキャズムを超えていないんじゃないかなと思うので、一部の人の情報コミュニケーションツールとして使われて、あのリアルタイム性による恐ろしい「情報格差」が広がっていくんじゃないかなと思いもします。(今もマルチディスプレイの右画面ではHootSuiteからつらつらと大量の情報が流れ込んできています。)

家族とのご飯や彼氏彼女とのデート中までも、終始Twitterにべったり過ぎても違うとは思いますが、一度は使いこなすまでやってみないとわからないですね。

5日後のTwitterな人にはおすすめの本です。


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モノの価格について

先ほど溺愛する調味料である、味覇(ウェイパァー)がなくなったので、スーパーへ行ってきたんですが、調味料コーナーで売っていたのが250g(750円)だけだったので、それを手にレジへ向かっていました。

そこで、ふと飲み物も買おうと思って、飲み物コーナーへ移動していたときに、まったく別の乾き物コーナーみたいなところに500gが置いてあり、それが790円とかだったんです。おー危ない。
もちろん500gを手に取り、この値段のつけ方&スーパーの陳列に多少疑問を抱きながらもレジへ向かいました。

まぁでも家に戻って冷静になり、個人的に思ったことは2つあって、

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・価格とは基本的に需要と供給のバランスで決まること。
商品やサービスに関しての知識・情報の大切さ。
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スーパーの陳列の悪さにしてしまえばそれで一応の解決はしますが、それは結局「他の責任」にしているだけで、自分にはなんのプラスもありません(あまり酷いとそれはそれで別のスーパーへ行きますけど)。結局250gを750円と認識してレジへ向かったのは自分であって、買っていたとしてもそれにそれだけの価値があると認めた事になるんだよなーと改めて感じ、「価格、価値、値段、料金etc」の生きていく上で、ビジネスの上でも、切っても切り離せないものについて改めて考えさせられました。

モノが存在すると、まだ考えやすいですよね。サービスってもっとこう人間の感覚的な満足感が価値をきめるので、難しいところです。

先日の雑談からの一言

「粗利っていうのは顧客満足度なんだよ。」 by:会社の先輩

名著が名著たる理由?

非常にどうでもいい私事で恐縮ですが、今年は意識的に本をたくさん読もうとしてます。(元々多読ではない為、読んでる方からすればそれでも少ないかとは思います。)これまでは年間で多分50冊くらいを読んだかなーくらいでしたが、できれば3倍くらい。少なくとも2倍は読もうとしてます。

速読やフォトリーディングなんかは、やっぱり(ちゃんと理解しながらも)早く読みたいので、習得中ではあるんですが、基本的にはまだ、頭の中で音読している~ちょっと早く読める程度の状態です。

所謂「名著」と呼ばれるものに関しても、ほぼ手付かずの状態のものが多々あるので、そこらへんを読みつつ、話題の新刊を読んだり、ブックオフをあさったりとしているのですが、なんていうんですかね、うまく表現できずにあれなんですが、名著と呼ばれるものは、多少個人差あるものの大抵それが「名著たる理由」がなんとなく分かるんです。(ただ、それも名著と思って読んだからなのか、そうでないのか定かじゃありません。)

その辺の本はもちろんのこと、その他の本に関しても、ためにならない本って本当にたまにはあるんですが(10冊に1冊くらい)、なんと言うか個人的には大体の本が何かを与えてくれているんですよね。もう少し分かりやすく言うと、その本に期待した質問の答えを、読み終わってみると、まぁそれなりに与えて頂いたなと思うんですよね。それが名著といわれるものと何が違うんだろうと。つまり、先ほどの自分が思う「名著たる理由」もそもそも矛盾しかけてます。前の記事で書いたように、アウトプットを意識して読むと、インプットの能力が上がるのは確かにその通りなんですが、読んだ多くの本がほとんど線だらけになる、という奇怪な現象が多々おきています。すごくたくさんの価値観の中で名著が名著たる理由は何なんだろうと。売れる本が名著なのか。売れない名著があるのか。そこまで行くと個人差大きいと思いますが、ふとそんなこと思いました。

(ここまでを読み返してみましたが、自分でも正直つっこみどころだらけです。すいません。でも後々のためにもこのまま上げますw)

書評をよく書かれているブログなんかを参考にしたり、なんだかんだで本読むこと、新しい知識を得ることが好きなので、まずはうだうだ言う前に、質より量をこなす時期なのかなとも思ったりしてます。

せっかくこうしてブログにしているので、記録として。後々自分で見て「こいつなにいってんだ」的になっていることを自分に期待してます。

みなさんはそんな経験ってないですか。