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和のデザインがお洒落、の真実
フラワーアレンジメントと聞くと、当然ヨーロッパのイメージだ
が、カレッジの上級コースでは基本的なものからさらに進んで、今はやりのデザインや花材の使い方などを学ぶのだが、その中には明らかに日本の生け花から生まれたと思われるものがいくつかあった。
例えばLinearと呼ばれる、花材のラインを生かしてその間に生まれる空間を重視するデザイン。
明らかに生け花の発想だ。
Pin holder はいわゆる乾山。
私がイギリスで見たものは、日本のもののミニ版という体のものだったが、最近では日本でもこの手の透明なものなどが普通に売られている。
生け花とは言っていなかったが、授業でもろに「生け花でしょう?」というものをレクチャーされたこともある。
イギリスで花を学んで始めて知ったが、日本の生け花はヨーロッパの実用的な花を超えて、尊敬すべきアートなのだ。
ある種、あこがれの対象と言っても良いのではないだろうか。
だからと言って、ヨーロッパのものが劣るというのではない。
彼らの色彩感覚、ダイナミックに花材を組み合わせて造形するセンスはなかなか真似できないものがあるし、ヨーロッパの空気の中ではそれがまたよく映えるのだ。
それぞれに異なった文化が互いに惹かれあい影響を受けつつ、新しい発想で日々の生活が豊かに鮮やかに花で彩られる。
それだけで幸せ倍増だと思うのだけれど、いかがでしょう?
つづく
イギリスの秋は黄色
やっと涼しくなりそうな気配…
が、ここのところの異常気象に、美しい日本の四季が失われつつあるのではないかと不安になっている。
日本の秋と言えば紅葉。
紅葉と言えば赤く染まったもみじを想像するが、イギリスの秋は紅葉ではなくて黄葉だ。
イギリスの秋に赤はない。
全部まっ黄っ黄
ハイドパークもケンジントンガーデンもぜーんぶ黄色
カレッジのすぐそばにある公園も見事なまでにまっ黄色だった

それはそれでとても美しい。
そして、この違いこそがそれぞれの異なった美意識を作り上げてきたように思うのだ。
赤でもない、黄色でもない、徐々に移りゆくその繊細さこそが日本の美意識の根源だとすれば、逆にヨーロッパは「まっ黄」のように、曖昧さのないシンメトリーな表現(幾何学的な庭の配置に代表されるような)に美を追求してきたのではないか。
花のアレンジにしても同様。
生け花は左右非対称、ヨーロッパのものは基本的に左右対称。
日本の生け花は極めて情緒的で創造的で、それは海外から見るとアートの域なのだ。
そして、それがヨーロッパに多大な影響を与えていることに一番気づいていないのは我々日本人のような気がする。
私がイギリスで学んだデザインの中にも、これは絶対に生け花の影響でしょう?と思うものが色々あった。
次はそんなお話