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T's World

花のある生活や語学、そして趣味の弦楽のことなど…つれづれなるままに。

チーズ冷蔵庫は極小サイズ

私の寮はカレッジの中でも一番小規模なもので、部屋数16、ということは16人の住人だ。

シャワー・トイレは各部屋についているが、キッチンは共同。
キッチンと言っても、リビングの中にキッチン機能があるという感じで、みんな思い思いに料理して、そのままそこで食べたり部屋に持ち帰ったりしていた。

で、そこには冷蔵庫が一つあるのだが、それは単身赴任用かと思えるような小さなもの。
基本的に3食カレッジの食堂でとれるようになっていて、寮費はミールクーポン代込みになっているから、おそらく週末の休みだけ自炊する程度の感覚なのだろう。

が、ここで出るのがお国柄。
欧米の学生はそれほど自炊しないのだが、アジアの学生は食堂の食事だけでは満足せず、スーパーでしこたま食材を買ってきて頻繁に料理する。

当然ながら、冷蔵庫には食材がいっぱい詰め込まれることになり、アジア系の学生が多いと冷蔵庫のスペースは争奪戦となる。

私の寮のタイプは全部で3棟あったのだが、わが寮には日本人を始め、フランス、ドイツ、アイルランド、韓国、フィンランド、イギリスの遠方からの学生などがいたが、その冷蔵庫を一番多く占めていたのは韓国食材だったように思う。

我々日本人ももちろん料理するのだけれど、韓国学生はさらに自国の食べ物に熱意を持っているように見受けられ、韓国料理には欠かせないキムチも毎日のように目にした。

冷蔵庫の中は食材だけではない。
食堂で仕入れてきた出来合いのサンドイッチを次の朝のために冷蔵庫に保管しておく、というのは全員やっていて、そんな代物もいろんな食材の隙間に挟まっていた。

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  カレッジ近くの風景

で、小さな事件はそこで起こる。
朝食用にとっておいたサンドイッチを、朝起きて食べようと思ったら「ない!」。

夜おなかがすいた誰かが食べてしまったのだ。
たいていは男子学生の仕業なのだが、何しろ小さい所帯。
大体のところ犯人の目星はついてしまう。

たかがサンドイッチと思うなかれ。
イギリスのカレッジは予想をはるかに超えた宿題の量である。
皆毎日本当に忙しい。
そんなとき、さぁ、サンドイッチをかじって授業へ、と思ったら「ない!」!!!
予想以上の激しさで怒り爆発なのである。

で、しばらくの間キッチンに不穏な空気が流れたりしたこともあった…
食べ物の恨みは今更ながら恐ろしいラーメン

つづく

ハチ寮生活初体験

留学一年目、右も左もわからない私は学内にある寮に住むことにした。

寮は完全プライベート、セミプライベート(シャワー・トイレ共用)、ルームシェアと3タイプあるが、私の寮はバス・トイレ付のプライベートルーム専用だった。

敷地内に寮があると言っても、その広さは森全体と言ってよいぐらいの広さだ。
何しろ、カレッジは郊外の小さな村にあるから、周りに民家があるとはいえ、そのほとんどは自然。

私の寮は複数の学舎が建つエリアの一番奥にあり、学内に数ある寮の中でも一番こじんまりした二階建てのものだった。確か16部屋ぐらいだったと思う。

私の部屋は2階の西側で、窓の向こうは広大な野原に森、はるか向こうを時々馬に乗った学生が横切っていく。
西側という条件から、夕方の30分ほどは西日が差してやたらまぶしかったが(カーテンを閉めれば問題ないけど)、そのあとの夕日が沈んで行く景色は何ともいえず美しかった。

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     窓から見た夕日!

今考えると贅沢極まりなく、それだけ聞くとなんと素敵な生活なんでしょう!と思われるかもしれないが、いやいや、寮生活にはトラブルがいっぱいなのである。

次回からはそんな寮生活にまつわるお話を。

つづく

走る人毎朝子供を学校に連れていくイギリスの親たち

イギリスの教育制度は日本とはやや異なり、小学校にあたるものはPrimary schoolと呼ばれる。
Primary schoolの間は子供であるから、彼らは全面的に親の保護下にある。

したがって、学校へは親が責任を持って送り届けるのが通常で、朝、スーツを着て子供の手を引くお父さんたちをよく見かけた。もちろんお母さんも。

イギリスでは16歳から喫煙が認められており、それは16歳になったらもう大人として扱われるということでもある。カレッジの学生はみな大人であるから、先生のこともファーストネームで呼ぶ。
カレンとかジェーンとか。

それに対して子供のうちは、ミセス スミスとかミスター ブレアとか言うように、必ずフォーマルな呼び方で先生に返事なり話しかけたりせねばならない。
要は、子供のうちは対等には扱ってもらえないが、ひとたび大人として認められると、同じ土俵に上がって議論することが可能な社会なのだ。

上下関係や年齢を気にする割には、子供と大人のけじめがかなり曖昧な近頃の日本にとって、そこのところは参考にすべきものがあるのではないかと思う。
ロンドンで私が住んでいた地域は行儀のよい子供が多く、そういう子供たちを見るのはとても気持ちの良いものだった。子供に対して親は社会のルールを厳しく教える。

「お行儀よく」という言葉を近頃あまり聞かなくなった気がするが、「行儀がよい」人にはどんな美人もかなわない。なぜなら、それは具体的な形を伴わない「品性」がそこに現れるものだからである。

つづくパンダ