田中幸蔵は隧道の入り口で立ち尽くしていた
有名な小説の様に
向こう側まで歩くと
一面の雪景色なのかもしれないと
妄想を抱いたものの
地味な灯りしか無い暗い隧道に
踏み込む勇気が出ずに
やがて引き返して元の道に戻った
“虎穴に入らずんば虎子を得ず”とは言え
幸蔵はこれまでの人生
たいした成功はしなかったものの
壊滅的な失敗もせずに
そこそこ幸せな人生を歩んでいた
だから隧道に背を向けて
抜ける様に青い空と海の見える道を
トボトボと歩いて家まで戻るのが
正解だと思ってしばらくそのまま歩いた
だが
その日に限って幸蔵は振り返って
遠くに小さく見える隧道の入り口に向かって
再びダッシュした
大事な友人の娘の結婚式に出席していた
彼女らの馴れ初めの話を
そんな光景を想像しながら聞いていた
幸蔵は自分が持てなかった
ほんの少しの勇気を振り絞った若者達を
抜ける様な青い空と海を眺めるように
眩しく見つめた

