田中亮治は
ドナウ河の支流
イーザル川のたもとにある
古びたレンガ造りの家の一室に間借りしていた
階段を上がった2階の青い扉の部屋だった
亮治の父は逓信関係の要職についていた
その町ではちょっとした名士だったので
息子の亮治を洋行させて
医学を学ばせて医者にするつもりだった
だが亮治は医学部の最初の授業
目の前で人体が解剖されるところを
最後までまともに見ることが出来ず
自分が医者には全く向いていない事を
早々に悟った
だが厳しい父親にその事は言い出せずにいた
そうこうしているうちに洋行が決まり
親の目の届かない欧州に着くや否や
仕送りで画材を揃え、絵ばかり描いている
川沿いの風景は
故郷の川とは木々の形こそ違え
ゆったり流れる
深い緑色の水面がよく似ていて
亮治はその川沿いの風景を気に入って
よく絵に描いた
そして、いつからか
イーゼルの横にちょこんと少年が座って
亮治が絵を描くところを長い時間
じっと見つめるようになった
その可愛いお客さんは
亮治がカタコトのドイツ語で話しかけても
全く意味が分からないと言った感じで
ただじっと亮治のする事を見るばかりだった

