真夜中に
川の対岸から轟音が響いている
この田舎町にも
近くまで戦火が迫って来ていた
男はあらかじめ分かっていた様に
手早く身の回りのものをかき集めて
リュックに詰め川辺まで様子を見に行った
時々、対岸が赤く光って
少し遅れて轟音が響いて来る
じっと見ているうちに
やがてそれは平原に落ちる雷の様に
こちらに向かって進んできた
目の前の川に水しぶきがあがった
男は慌てて家に戻って
自転車を掴んで飛び乗り
民家の並ぶ塀沿いを必死に走って逃げた
次の瞬間
後方で大きな音がして
男はそのまま吹き飛ばされた
男が気がついた時
どこかの穴にでも落ちたのか
あたりは真っ暗だった
なんだか、青臭い様な湿っぽい匂いがする
身体を動かして
大きな怪我をしていないのを確かめると
男は自転車を起こして立ち上がり
手探りで前に進もうとした
しばらくして目が慣れて来ると
少し向こうに
うっすら明るくなっている場所があった
男は自転車にひっぱられるように
そこへ進んで行った
薄明かりの中の世界
月明かりに照らされて
地面がうっすらと白く浮かびあがっている
振り返ってみると見たことの無い
飾りをつけた大きな木があって
大きな穴が空いている
どうもそこから出て来た様だった
男は目の前の光景を現実とは思えず
呆然として自転車を持ったまま
しばらく月明かりの下に佇んでいたが
疲れ果て
建物の下に潜り込むように倒れ込んだ
明るい朝の光が降り注いできた
人生で一番輝いていた夏の記憶
たった今目覚めるまで見ていた夢は
このうえなく幸せなものだった
少年時代
川辺の道で自転車の乗り方を教えてくれた
東洋人の青年
逆光でもわかる黒い瞳の優しい表情
自転車を押しながら
青年の青い扉の部屋の下まで
一緒に歩いた日々
はるか昔の記憶
それが今
自分の泥だらけの服を見た瞬間に
一瞬で現実に引き戻された
ふと、何かを思い立ったように
男は慌ててリュックの中の手帳を弄った
目の前の大木、その姿は
長年、御守り代わりに手帳に挟んでいる
ハガキの絵にそっくりだった
ふと、誰かが目の前に立って
こちらを見ているのに気づいて
男は反射的に
ハガキをポケットにしまった

