■序 三度目の電書装丁

電子書籍『サイボーグ・ブルース』の装丁が、また新しくなりました。今度は知る人ぞ知る初の単行本・早川書房ハードカバー版(1971年刊)を飾った表紙画です。
早川書房が版元の電子書籍です。それでいて、あとがき「エイトマンへの鎮魂歌」だけでなく、角川文庫版の「解説」も引き続き収録してくれているのが、うれしいじゃないですか。
現在購入可能な電子書籍のこれまでの装丁、その三つのバージョンを振り返ってみましょう。

(1)e文庫オリジナルバージョン(2013年~)
それまでの「e文庫」で独自販売していたPDF等による電子書籍を継承するe文庫オリジナル版。表紙画は余湖裕輝。早川書房ハードカバー版あとがき「エイトマンへの鎮魂歌」を収録。
e文庫オリジナルバージョン


(2)角川文庫バージョン(2018年~)
よく知られた角川文庫版を電子化したバージョン・ツー。表紙画はご存知、生頼範義。星新一の「解説」が収録されたものの、早川書房ハードカバー版の「あとがき」がなくってしまったのが残念でした。
角川文庫バージョン


(3)早川書房バージョン(2022年~)
今回のバージョン・スリー。表紙画はもちろん生頼範義。あとがき「エイトマンへの鎮魂歌」が復活。星新一の「解説」も収録され、現行の電子書籍としては、巻末コンプリートとなりました。
早川書房バージョン


※全書籍で云うと「巻末コンプリート」ではありません。「e文庫」で独自販売していた過去の電子書籍では、「エイトマンへの鎮魂歌」とともに、リム出版全集版の巻末企画「平井和正自作を語る 「機械の棺桶に閉じ込められて」」が収録されていました。こうした全集ものの巻末企画は、単行本をすでにもっている読者層にも購買欲を掻き立てつつ、特典的サービスも兼ねた、長尺かつマニアックな内容になりがちで、現行のスマホ対応の電子書籍には割愛されたのかもしれません。
「e文庫」で独自販売していた昔の電子書籍の装丁は、いまでも
ヒライストライブラリーでご覧いただけます。

 

teabreak ~ 表紙画の相似形 ~

正面を向いた顔の半分が機械。この構図、『狼の紋章』(早川文庫)に通じてるなと思っていたら、刊行時期もほとんど同じ。『サイボーグ・ブルース』が71年12月、対して『狼の紋章』は同年11月(参考 ヒライストライブラリー、たったひと月違いというのが面白い。狼人間(ウルフガイ)と機械の超人(サイボーグ)、超自然と超科学、ヒーローとして好対照でありながら“兄弟”のような相通ずる悲哀を生頼画伯は感じていたのでしょうか。

早川文庫『狼の紋章』


■第一章 ブラック・モンスター

『アンドロイドお雪』が書き下ろし(「SFマガジン」1967年2月号に原型となる中編を発表)であるのに対し、『サイボーグ・ブルース』は「SFマガジン」に連作掲載されました。掲載されたそのパートだけ読んでも愉しめる一話完結の形式をとりながら、一冊にまとまると一作の長編になる。このあたりは、アダルトウルフガイ『狼男だよ』を彷彿とさせます。ともに「一人称」であることも、共通しています。
 


主人公をレギュラーに、ゲストキャラをその章限りで登場させるのも特長です。
第一章のゲストキャラ、ジュンとレイは超能力者。サイボーグテーマの作品を書いても、心霊世界の概念を導入する。こうした科学と神秘の融合は、平井和正の真骨頂。それは『8マン』の頃から一貫していますが、これを初めから描いているところに、「名作」の誉れ高い完成度の高さを感じます。

 

 

このエピソードには原型(プロトタイプ)があり(後述)、あらすじはほぼほぼ同じですが、主人公は日本人です。これを黒人に設定し直すことで、物語としてグッと渋味深味を増したように思います。

ゴロツキ・サイボーグをものともせず、瞬殺。(殺してはいませんが) 「サイボーグ特捜官」である主人公の圧倒的強さを第一章で紹介しています。まさに、ブラック・モンスター。
ジュンとレイは、このエピソードで無残な最期を遂げてしまいます。それは主人公・ライト警部が連邦警察を辞職し、正義の公僕では早くもなくなってしまう契機となるのです。
 

teabreak ~ いまでも読める原型『サイボーグ捜査官』 ~

「プレイボーイCUSTOM」1967年11月号に掲載されました。主人公は日本人・野田俊太郎! ウルフガイ・ドットコムで公開されており、いまも読むことができます。未読の方は、ぜひ読み比べてみてください。
 


■第二章 サイボーグ・ブルース
 

「アーネスト・ライト」
 と、私はいった。
「どんな仕事をしてる?」
「失業中なのさ」


初めて主人公のフルネームが明かされる、単行本表題作となった第二章。ちなみに、第二章以降の「SFマガジン」掲載時の副題は「サイボーグ特捜官シリーズ」。全部あわせて『サイボーグ・ブルース』になるのは、単行本になってからです。(参考 ヒライストライブラリー
シリーズを銘打ちながら、この時点でもはや「官」ではありません。のちに「私立探偵」を自称するようになりますが、その職業で活躍するエピソードはありません。

8マン=東八郎も私立探偵ですが、それは表向きであり、実体は警視庁・田中課長の部下であり、正義の公僕でした。このあたり、子供向けのコーヒー牛乳の制約を離れた、伸び伸びと警察とも敵対する、大人が嗜むアルコール(度数強め)の趣きがあります。
〈天上の美女〉オリヴィアが作家で夫の生田トオルへの愛を失くしたその理由(わけ)は? 活劇(アクション)控え目、静かでムーディなミステリー。それでも結末はしっかりSF。この事件をきっかけに、ライトは巨大な敵から狙われることになります。

■暗闇への間奏曲

アーネスト・ライトが登場しない、まさに間奏曲(インタルード)。「SFマガジン」掲載時の副題は「サイボーグ特捜官シリーズ・エクストラ」。(参考 ヒライストライブラリー
次章で壮絶なサイボーグ同士の決闘を演じることになる《敵》――殺し屋サイボーグ・リベラを丸々一本の物語で描いてみせる。惚れ惚れする構成の巧みさです。できることなら、あの当時の読者になって、「SFマガジン」で読んでみたかった。掲載された時点では「――エクストラ」と銘打たれてはいても、それまでのシリーズと関係かあるのかどうかも実際よくわからなかったはずです。それが次章「ダーク・パワー」で交錯する! この驚きは残念ながら単行本では半減してしまう。単行本に収まっているということが、すでに「ネタバレ」ですから。

ひとのこころを持たぬ、殺しのマシーン。そうであったはずの殺し屋サイボーグに残された、こころの欠片。それがリベラをして奇妙で不合理な気まぐれをさせ、自動車事故の原因となった少女・クリスタルを生かして帰してしまう。しかし、それは破滅の始まりであって、なぜなら彼女は仕事の依頼人を殺害していたからです。
始末をつけるべく、捜しだした彼女が告げた真実――。

超A級アンドロイド――人格を有するロボット。愛という妄執が科学の粋を尽くして、亡霊を作り出してしまうという皮肉。リベラは初めて仕事を超えた「ねたみ」からクリスタルを殺め、その罪科に人として苦しむことになります。そんな彼が次章、ライトとぶつかります。

■第三章 ダーク・パワー
 

 私は憎悪を電子パターンに変えて、補助電子頭脳に叩きこみ、暗い森を抜けた。電子加速した私は凶暴な突風と化した。私のえぐりぬいた空間が真空状態を生み、スリップ・ストリームの軌跡を曳いて、私は突進した。突然の暴風が、森の樹々に襲いかかり荒れ狂い絶叫をあげさせた。激しく揺れる立樹の梢から金切声を放って、平穏を乱された鳥の群れが夜空に舞いあがる。


文筆による映像的表現の極致――。そう云って過言ではないでしょう。番外をはさみ全六編からなる一連の物語『サイボーグ・ブルース』における活劇(アクション)の白眉が、この章です。
超音速の加速移動が生む衝撃波(ソニック・ブーム)の巨槌を、敵に叩きつける。尋常ならざるこの発想もさることながら、派手な技を繰り出すでなく、超兵器を用いるでなく、サイボーグの身体ひとつの空気体当たり。それでここまでゾクゾクと痺れる活劇を描いてみせる作者の筆致に息を呑みます。

勝負はライトの圧勝。しかし、紙一重でした。リベラが戦法を誤らなければ、危なかった。先に敵を感知したライトに分がありました。そして、ライトにあってリベラにはない潜在超能力、その差が出ました。
 

 その瞬間の私は、まぎれもない超能力者であった。
 そうだ。私は、生れながらにして超常能力を備えた〈エスパー〉だったのである。


彼はサイボーグである以前に、超能力者でした。第一章で超能力者を登場させた伏線が、ここで生きます。幼少期から彼を幾度も救ってきた〈虫の知らせ〉――。それがサイボーグになるそもそものきっかけとなった同僚警官の裏切りの際には、なぜ働かなかったのか? それには超能力者集団〈ダーク・パワー〉の関与がありました。彼らは味方、戦力としての、サイボーグを欲していたのです。
ここで物語は大きく軌道を変え――というより、真の軌道を露わにし始めます。

クリスタル。クリスタル。クリスタル……
断末魔のリベラのつぶやきに、ライトは動揺します。活劇は「痛快」そのもの、まさに「血沸き肉躍」ります。けれど、その結末の勝利に酔わせてはくれません。平井和正という美酒は甘く、そして苦い。

■第四章 シンジケート・マン

アーネスト・ライトは亡霊。ゆえに「生前」の記憶は、美しいほどに忌まわしい。
生身の警官時代の元同僚で無二の友人、メンディ・メンドーザは、そんなライトの記憶の棲み人。
彼の来訪は、彼が興した私立探偵社へのスカウトでした。また、コンビを復活させようと。
しかし、元上司・ブリュースター長官に調査依頼した彼の素性は、シンジケートのメンバーでした。警察を裏切ったのではなく、シンジケートで育成され、警察に送り込まれ、そこで幹部に出世するはずだった犯罪のエリート。警察を辞めたのも、その計画を察知した警察機構が、全警官の身元調査の実施を決定したからでした。

任務に失敗したメンディは、道ずれの自爆を敢行します。それはライトが逃れるであろうことを承知のうえの、自殺そのものでした。
メンディの正体がとうであれ、彼が寄せたライトへの友情は真実でした。それがライトの常識として、いかに理解不能であったとしても。メンディに残された、わずかな人間味。それが彼に破滅をもたらしました。その点で、メンディとリベラは通底しています。ですが、それは「破滅」だったのでしょうか? ワタシには、その死はむしろ「救い」であったように思えます。
ライトは亡霊として生き延び、これからも煉獄を彷徨わなければならないのです。

■第五章 ゴースト・イメージ

この章のゲストキャラは二人。一人目はサイボーグ特捜官・マロリー。
第三章以来、話の端々にその名が登場した、ライトのような問題児とは違う、ブリュースター長官の信任厚い、特捜官の優等生。
機械の身体に適応し切り情緒を喪失してしまうでなく、ライトのように怨念で自己を支えるでもない、薔薇の手入れを趣味とする、安定した自我の持ち主。その真相は、サイボーグである自身の強さを享楽しているから。
そんなマロリーとライトのサイボーグ特捜官対決も、これまたクールでエキサイティングです。そこでライトは、警察機構の庇護を離れたゆえの、サイボーグのボディの「ガタ」を思い知らされることになります。

二人目のゲストキャラは、フウオング。メンディの昔話にも出た、ライトの元恋人。
サイボーグの硬質な身体を厭わず、昔のように慰謝を与えてくれる彼女の変わらぬ献身に、ついに魂の安らぎを見い出したかに見えました。しかし――。

すべては、シンジケートの罠でした。彼女もすでに、シンジケートの手に堕ちていたのです。
メンドーザ。そして、フウオングまで。穢され、壊される、ライトが幸せだったころの美しい記憶、思い出。
それがサイボーグであるライトにとり、忌まわしく、呪わしいものであったとしても、それでも彼には貴重で、大切なものであったはずです。だからこそ彼はそれらの記憶を消し去ることなく、憎みながら、呪いながら、それらに縋って、機械でできた亡霊の生を生きてきたのではなかったでしょうか。
それらは無残に、踏みにじられました。

表向き対立するその水面下で、手を結ぶ連邦警察機構と犯罪組織(シンジケート)。ライトは元上司であるブリュースター長官に、「売られ」たのでした。
ライトの窮地を救ったのは、〈ダーク・パワー〉。
新しい世を築かんと社会秩序に抗い、社会秩序が怖れる、超能力者集団。

より一層シンジケートを憎み、さらに自身がかつて所属した警察機構をも敵に回して、アーネスト・ライトの戦いは続く。〈ダーク・パワー〉の戦力として。
彼は新たな居場所を得ました。でもそれは、「飼い主」が替わったに過ぎない。機械でできた亡霊であることに変わりはない。

結末に解放感なし。爽快感なし。
バッドエンド、アンハッピーエンドのビターテイスト、フレーバーがハンパない。さすがは「人類ダメ小説」時代の傑作。i-1グランプリ――陰気な一人称小説のコンテストでもあれば、決勝ステージに残ること間違いなし。新井素子せんせいは、決して書かないタイプの小説だ。少年犬神明に勝るとも劣らない、根暗のヒーロー。
でも、これがなぜだか、たまらない、やめられない。平井和正という美酒は甘く、苦い。

 

 

2019.03.30 ラストのセンテンスを変更しました。