アダルトウルフガイの第一作は? そう十人の平井和正読者に訊けば、十人全員が「狼男だよ」と答えるでしょう。これを百人に拡げれば、ワタシのようなヒネクレ者が一人ぐらい「夜と月と狼」と答えるかもしれません。
厳密に云えば、「狼男だよ」という「作品」はありません。『夜と月と狼』『狼は死なず』『狼狩り』の三編をまとめた本の題名を「狼男だよ」としているに過ぎません。NONノベルのアダルトウルフガイ第2巻「狼のバラード」(『地底の狼男』『狼よ、故郷を見よ』『人狼、暁に死す』の三編を収録)と同じです。
そうは云っても、「狼のバラード」と同列には考えられない、やっぱり「狼男だよ」って作品だよ、というのが大半の読者の素朴な感覚であろうと思います。
その感覚はどこから来るのでしょうか。その理由は大きく三つ挙げられると思います。
(1)各話の連続性と関連性
独立・完結したひとつの作品なのか、より大きな作品のパート・章立てなのか、実はそのボーダーは結構あいまいです。たとえば『リオの狼男』はそれ自体単独の作品ですが、NONノベル版『魔境の狼男』の一部でもあります。
『狼男だよ』の三つの物語は、それぞれ独立した作品ですが、リンクし連なってもいます。
最初に『夜と月と狼』では、犬神明の素性について、秘密殺人クラブのオーナーが中国保安省の手の者ではないかと憶測を述べ、そこで「林石隆」の名が登場します。(1969年3月刊「プレイコミック」掲載※)
次に『狼は死なず』では、その「林石隆」から依頼を受け、米軍基地に潜入、生物兵器研究所を壊滅させる。これがもとで、CIAから狙われることになります。(1969年5月刊「ボーイズライフ」掲載※)
最後の『狼狩り』では、女性歌手失踪事件を追うのですが、この事件そのものが犬神明を捕らえるための、CIAの周到な罠であったことが明かされます。(書き下ろし※)
長編小説の前の章をすっとばして読むほどの障りはないが、緩やかなつながりと並びがあって、できれば順を追って読むのが望ましい。そんなまとまりがあります。
※「ヒライストライブラリー」参照
(2)不動のタイトルと構成
特にラストエピソードである『狼狩り』は、別々の雑誌に発表した二つの短編を包括し、なおかつ一冊の本にまとめようという狙いが見て取れます。
このインパクト絶大なラストの一行は、まさに「ここで本を終わらせる」という強い意志に満ちていて、どんなヘボな編集者でも、このあとさらに『地底の狼男』をくっつけて出版しようなどと考える余地はありません。
そこが『狼のバラード』のように、仮にエピソードの順番を入れ替えても、また構成を変えても(現にこの三作構成で出版されたのはNONノベルのみです)成立する短編集とは、一線を画するところでしょう。
立風書房から最初の版が出て以来、早川、祥伝社(NONノベル)、角川……と様々な出版社をアダルトウルフガイは渡り歩いてきましたが、タイトルも構成も、一貫して変わらなかったのは、この『狼男だよ』と『人狼戦線』のみです。
(3)タイトルの強烈さ
そして、なんと云っても「狼男だよ」という、このタイトルですよ。他に類を見ない抜群のオリジナリティ、一度見たら忘れようのないインパクト、作品の性格を見事に表現した可笑し味。どれをとっても満点の金字塔であって。もし「アダルトウルフガイ総選挙」がおこなわれたとしたら、やっぱり各エピソードのソロではなく、『狼男だよ』でエントリーしてほしいと思います。
余談ですが、トーマス・ウルフ著「天使よ故郷を見よ」や、ジャン=ポール・ベルモンド主演「リオの男」は、アダルトウルフのタイトルの元ネタとして、わりと知られていますが、クレージーキャッツ主演の「クレージーだよ奇想天外」(1966年)「クレージーだよ天下無敵」(1967年)という作品があったことは、一部で指摘されています。
ちなみに「8時だョ!全員集合」は、69年10月に放映が始まっています。立風書房『狼男だよ』の刊行は同年11月。元ネタというには期間的にムリがありますが、不思議に運命的なものを感じますね。
上記の立風書房版『狼男だよ』が刊行されたのが、1969年11月。一方、ザ・ドリフターズの伝説的長寿番組「8時だョ!全員集合」の放映が始まったのは、わずかひと月前の同年10月。どちらかが模倣したとは考えられない、あまりにジャストな時期の一致です。
遡ってクレージーキャッツ主演で、1966年に『クレージーだよ奇想天外』、1967年に『クレージーだよ天下無敵』という映画が公開されています。これらを考えてみますと、どうもこの時代、「~だよ」という云い回しが、ちょっとした流行りであったのではないか。そのように思われます。
さらに「長編か短編集か」問題については、実は結着がついていました。詳しくはこちらに。
また、のちに公開された原稿からは、「狼男だよ」というタイトルが最初から考えられていたことが明らかに!?
(4)内容についてもちよっぴり
以上、なんとなく『狼男だよ』をあたかも一篇の長編小説であるかのような「作品」あつかいをしてしまう読者の心理について、その根拠を解き明かしてみたわけですが、まあ、どうでもいい話ですね。長々と何を語っているのやら。
少しは物語の中身についても触れておきましょう。
このようにプライベート(?)の女遊びを描写しているのは、これが最初で最後。これ以降、シリーズはシリアスな悲劇を基調にするようになり、「脳天気」なウルフが見られるのは、ほとんどこれが唯一です。記念すべき第一作であると同時に、陽気な告発者でいられたウルフの青年期の終わりでもあります。
お相手のフーテン娘・チコは、のちに『人狼戦線』にも登場するのですが、彼女の運命を知ったうえで読み返すと、ちょっと切ないですね。
何度読み返しても、違和感モリモリなのが、この記述ですね。石崎郷子さんが全学連て!? ワタシは「改竄」という言葉を『狼男だよ』で学んだ(ついでにジャン=ポール・ベルモンドも)クチですが、これこそ改竄じゃないんですかと問いたくなります。アニメ「ルパン三世」で石川五ヱ門が初登場したときも「紹介いたそう、こちら峰不二子ちゃん。つまりそれがしのガールフレンドで」とのたまって、観るたびに噴き出してしまうのですが、キャラが定まってないってこわいですね。
――双葉文庫名作シリーズ『ルパン三世』2巻・28話「五右ェ門登場」より
2022.10.02 関連記事を追加・一部変更