『慧可断臂』(えかだんぴ)


こんばんは、編集長のにぼしです。

のっけから???な発言だったと思いますが、これは辞書にも載っている四字熟語です。

意味などは下記を参照ください。


 

 慧可断臂 意味
非常に強い決意のほどを示すこと。また、切なる求道の思いを示すこと。▽「慧可」は中国南北朝時代後期の高僧で、禅宗の第二祖。「断臂」は臂ひじ(腕)を切り落とすこと。この語は後世、画題としても有名。

 

 慧可断臂 故事
禅宗の高僧慧可は、嵩山すうざんの少林寺にいた達磨だるまに教えを請うたが、達磨は面壁めんぺきするばかりであった。慧可はある大雪の夜、雪の中に立って自分の左臂ひじを切り落として求道の決意のほどを示し、それによって教えを授けられたという故事から。



ネット検索をかけると『雪舟』が室町時代に書いた、「慧可断臂図」という国宝の水墨画が出てきます。

心の目で見れば、強い想い同士がぶつかり合う様が見てとれるかと思います。




…わたしの『城』はまだハリボテです…。orz


【人は何かを得るために、ここまでの行いをできるものなのか・・・。】と

生き方を反省させられました。

「道」を知ろうとする者は書や絵画、剣、瞑想などなかには危険極まりない

行いをしながら探求しています。


『生きる』ということはどういうことなのでしょうか?

『生きる』ということを皆さんはどう捉えていますか?


日本だけでなく、世界全体が文化・文明といった土台であるパラダイム自体が

滅ぶかもしれない 『共滅危機』 とさえ叫ばれている昨今、

あなたのその毎日を生きる姿勢は、熱い想いは、今という時間は

どこに、誰に、何に注がれていますか?

悔いを残さない生き方とはなんでしょうか?


人生は求道のまま終わらせるべきでしょうか?

一瞬一瞬を心から楽しんで過ごせていますか?



…わたしの『城』はまだハリボテです…。orz   騎牛帰家 【十牛図】より


人は知っている知識を道具に「どう生きるか?」を

模索してきました。しかし、今の知識や予測ではもうこの先どうなるか?

どうすれば良いのか?皆目見当もつかないところまできているように

思います。


激動の時代、どう乗り切るか?



(個人的にはこんな感じ→で乗り切りたい)…わたしの『城』はまだハリボテです…。orz  

あなたにとって「激動」と感じるものは何ですか?

なぜ、激動と感じているのでしょうか?

その問題は、その答えはあなた一人で成し遂げられそうですか?


最後にもう一度、

あなたのその熱く強い想いは、今何に向けられていますか?




今日は殆ど疑問符で終わらせてみようと思います。

是非皆さんもこの疑問の答えを探してみてください。


…人間こんなモンじゃない!!  以上