握り手 ② | 川端貴侊 仏画師・木彫刻師

川端貴侊 仏画師・木彫刻師

仏画教室のご紹介や作品制作の様子をお伝えするブログです。

9日間続いた 太子伝際 が終わり、いつもの井波に戻りました。




お祭りが終わると、少し寂しい感じがしてしまいます。




今回のお祭り開催中、瑞泉寺の山門に登れるという事で登ってきました。




こちらは山門から見た瑞泉寺の風景↓




木彫刻師







猛暑日でしたが風がとても気持ちよく吹いていて、高いところは案外涼しい事を知りました。




ずっと居たいくらいい風が入ってきます。




二階部分正面には、釈迦如来、弥勒菩薩、阿難尊者の三尊が安置されています↓




木彫刻師





その上には天井絵が描かれており、二対の天女像とその左右に雅楽器が描かれていました。




この天井絵は文化7年(1810年)に岸派絵師 森間材 が描いた絵と判明し、平成2年に修復を行い、今の鮮やかな絵が復元されたそうです。





釈迦如来の左側には輪蔵の創始者とされるぶ傅大師(ぶだいし)とその左右に左:普建、右:普成の二童子が置かれています↓





木彫刻師





そして、一番興味深かったのが「隅龍」のお話です。





木彫刻師




山門の四隅にこの龍が置かれているのですが、1匹だけ髭が生えているんです。



こちらが髭が生えている龍です↓見えますでしょうか?




木彫刻師





普通髭は龍にとって欠かせない気がしますが、なぜ1匹だけなんでしょう??




その理由とされている説はいくつかあるそうです。




山門について解説して下さった方からは、



一つ目、この方向が鬼門にあたるからではないかという説。




二つ目、このお寺が代々繁栄する事を願いわざと完成させなかったという説。



そして、井波に詳しい方から聞いたのは、




三つ目、越中の一向一揆の拠点となっていた瑞泉寺は織田信長の配下である佐々成政により攻撃を受けて落城しました。この時、佐々成政が攻めてきた方向を示しているという説。





こんなにもいろいろな説があるとは驚きです。





まだ違った説が出てきそうな気がしますね。









本日は 握り手 のご報告です。





前回までで、親指とその他の指をざっくりと出していきました。





次は、その他の指を1本1本形にしていきます。





まずは、中指と薬指の位置を下げます。




ここでは、中指と薬指の位置は狭めに落とします。




後々、指の位置を動かせるように残しておくのです。





次に、人差し指と小指の長さを決めます。





すべての指は隣の指とくっついた状態になるため、指の太さを考えバランスよく出していきます。





親指と人差指は指先がくっつけた状態になるので、離さないよう形を出していきます。






木彫刻師

正面






木彫刻師

斜め





木彫刻師

後ろ






お手本を常にチェックしながら彫り進めていきます。





次は、更に細かく指を出していく作業に入ります。




では、このご報告は次回させていただきます。




ありがとうございました。