身体障碍になってなお、思い知る薬の恐ろしさ。
去年の7月6日(土)私は青信号の横断歩道で車に足を轢かれた。見かけ頑丈な革靴と私が気絶しなかったため大したことがないと思った救急隊員は休日だったこともあり医師会の当番医がいるだけの夜間センターに運んだ。靴を脱がせて腫れ上がった足に驚いたがそのまま医者に引き渡した。当番医は結局骨が折れていることさえわからず月曜になったら自分でほかの病院に行けとの指示。私もまた愚かで歩くこともできないのに回りが心配しないのは私が重傷でないからと家から近い街中の個人医院に行ってしまった。指骨となっているが甲の中の親指につながる本来歩くのに一番大事な骨が折られて轢きつぶされた後をギブスで固められただけの処置しかされず数か月後、大病院に転院したが時、既に遅く、私の足は障害が残ってしまった。まず見かけ上のサイズも変わってしまったので左右同じ靴が履けない。パンプスもサンダルも履けない。今までもっていた靴が全部履けない。右足に体重がかけられずで左右違った靴を履いてそれでも生きるために外出しなばならない。薬から逃げたと思ったらもう逃げられない障害である。余りの落胆に大半の髪も抜けなお外出が困難に一時は成った。余談だが加害者の保険会社は6ケ月で医療費の打ち切りをして慰謝料はおろか交通実費すら未だ一円も払っていない(^^;まあそんなわけで一時は怪我及び心痛で眠れないことも多かったのだけど症状固定とあきらめて診断書を書いてもらい3か月、現実を受け入れるしかなくなった私は夜も11時過ぎると眠くてたまらず布団に入れば5分で意識がなくなる日が続いている。断薬したときはこんなものではなかった。常に頭に爆音が鳴り続けよる横になるのはほとんど形だけ。意識のない時間が一時間あればよいほうだった。体は無事だったので多分一日7,8キロは歩き頭の爆音と膨満感を追い払おうとしていた。それでも眠れない絶望的な日が続いた。傷つけられるたびに一人で守るしかない私だけれど、どんな悲惨な目にあっても決して薬には戻らないし、医療も疑い続けるだろう。