考えてしまったG7サミット | かのっちのブログ

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エッセイのように、散文のように

 結局は西側の方々が集まっての会議ということになるのだろうか。そんな風にG7サミットを感じてしまった。

 もちろん、さまざまな議題があり、その議題についての議論も行われたことは間違いない。しかし、それらは世界中の平和を願っての会議だったのだろうかと思う。世界中には貧困に喘ぐ国もある。戦火が続いている国もある。そんな世界中を平和に導くための会議であるべきだ。そのために先進国といわれる国々が集まって議論する場になってほしい。先進国の利害だけが求められるのでは意味がない。

 今回のサミットでは、やはりゼレンスキー大統領の出席が西側諸国の会議という印象を与えたように思う。現在も続いているウクライナ侵攻の当事者である大統領が、日本に来ることは何を意味しているのか。要は武器や戦車を送ってほしいということであった。それに対して、G7サミットは後押しすることを約束した。つまりはウクライナ侵攻を収束させようとする方法が、ウクライナの勝利によって解決することを考えていることになる。それが見えてきたような気がする。ウクライナ東側の状況を、ロシア側に追い込んでいくことを了解したのだ。西側と東側の対立という構図を露わにしたことになる。

 G7の国々は、なぜみんなでロシアを説得しにいくことを考えないのか。停戦に持っていく方法を考えないのか。集まった西側諸国の代表者が、見えない東側の国との交渉をしないままの会議になったように思えてならない。つまりはウクライナ侵攻の戦火はまだまだ続くことになろう。それがはっきりした会議のように思う。

 それと広島平和公園を訪れているが、核兵器を無くすとこができるのであろうか。「核を持つことを辞めましょう」とは言わない。日本もアメリカも核兵器禁止条約に批准していない。日本はアメリカの核の傘で守られている。しかし、日本が一番に核の恐ろしさを知り、先頭に立って核廃絶を訴える役割があると思われるが、それを主張できないのが日本である。例え、平和公園を訪れても、核のボタンは封印されることはないのだ。そんなサミットのように感じた。