花火大会 | かのっちのブログ

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エッセイのように、散文のように

 7月15日に伊勢市では花火大会が開催された。近隣の方々も集まって、華やかなひと時になったのではないかと思う。浴衣を着て、カップルで見に行く方々も多かったのではないだろうか。特に、学生はそんな気がする。花火大会は地域を巻き込む格好の機会になる。今となっては、近くに行って花火を見ることはない。なぜかというと、吉田拓郎の「祭りのあと」ではないが、虚しさを感じるからでもある。しかし、子どもの頃は花火大会を見に行った。地域との関わりも含めて、花火大会は存在したような気がする。

 

 子どもの頃、花火大会があった。山形の小さな町ではあったが、確かに花火大会があった。時期はお盆、場所は田舎町の缶詰工場の敷地の中であった。夏休みに入ると、この花火大会が待ちどおしくて、待ちどおしくて・・・。お盆が近づいてくると、何を買おうか、何を食べようかと頭の中は考えが巡っていたような気がする。

 花火大会の当日。ランニングに半ズボンを履いて、汗だくになりながら会場に向かう。食べたい店を見つけて、握っていたお金でそれを買い求め、むしゃぶりつきながら花火が始まるのを待っていた。缶詰工場の近くまで行くので、花火を見るときはほぼ真上を見るような感じになる。それでも顔を真上に向けながら、首から汗が滴り落ちるのを感じながら、花火を見上げていた。おそらく、きれいだな、きれいだなと感じていたのかもしれない。13日の盆の入りにはお墓まいりに行き、14日は花火大会だったように記憶している。そして、15日にはお盆が終えていく。そんな中日の夜を花火大会は華やかに演出していたし、夏の終わりを告げるような寂しさも演出していた。浴衣姿の人たちが溢れ、酒を飲む人たちが溢れ、会場だけが夏以上の熱気を持って時間が過ぎていったように思う。

 そんな町を一つにしたような花火大会は、いつのまにかなくなった。同時に、町の活気もなくなっていったように思う。缶詰工場が単独でやっていたのかはわからない。しかし、あの夏の日の花火大会がどれだけ町の人たちに熱気と涼をくれていたのだろうかと、今となっては考える。今では、山形の夏にもいろいろなところで花火大会は行われている。しかし、あの町の花火大会の楽しさが忘れられない。毎年、各地で花火大会はあるが、おらの町の花火が一番良かったような気がしてならない。またやってくれないかな・・と願っている。