信念というものがあって、それが自分のベースになっていたりする。

それをある日、「違うな」と感じてしまったら・・・


「ずっとこの信念で来たんだ、いまさら変えられない。貫き通すんだ。」

⇒気づいてしまったのだから仕方がない、いままではいままで。

  これからは新しい信念に変えていこう。


 変えたくない気持ちは当然ある。でもそれでは過去にしがみついているだけで前に進めない。

気づいてしまったらもう変えるしかないのだ。

実はそういう柔らかさがとても大事で、「自由」という事にも結びついていく。

何かに執着するのは不自由であり、同時に簡単でもある。

「自由」はとても辛い面もあるが、その流動性や柔軟性は人生の波をとらえ乗っていくのに

大いに役立つ。


 では、どう判断して決めるか、それは自分を信じる事が一番。

今まで「ガムシャラ!」がテーマだったけど「今は冷静に計画を練ってからの落ち着いた行動がいい」と思う。

そう思ったら、思ったほうに信じた方に向かえばいい。

これが逆(冷静⇒ガムシャラ)だったとしても変わらない。

自分というか直感はそれほど力のある存在なのだと認めてみましょう!

世間的に言って正解とか、常識に考えてこっちが・・・とかはいっさい関係ありません。

前回の記事(どっち?楽しい事と苦しい事 )で苦しい事より楽しい事をやるべき、と書きました。


 「苦労して成功した人もいるじゃない」という声が聞こえて来ました。

しかしそれは間違っています。


 「苦労して成功した」と言う人は厳密に言うと「苦労」はしていません。

その「苦労や努力」は他人から見れば辛そうな行為に見えるかもしれませんが、本人にとっては

それが楽しいんです。

その行為自体が楽しめるものであったり、努力している自分に満足していたりします。


 例えば、文章書くのが好きな人は睡眠時間削っていたって楽しいはずです。

筋トレが好きな人は筋肉が疲労して汗だくになって、それでも自分の肉体が鍛えられて満足します。


 さらに上記例の人が小説家やボディビルダーなどになったとしましょう。

結果に満足しているにも関わらず、人にはやはり「寝る間も削って・・・」「日々の努力の結果だ」

「辛い思いをして頑張った」というようなことを言う事が多いです。

それを真に受けてしまうと結局「成功には苦労が必要」となってしまうんです。


 本当は「苦労」はしていません。 ただ楽しかった。 楽しい事を続けただけです。

辛い事、イヤな事を辛抱して我慢して続けても成功できません。

自分が楽しめる事満足できる事を続けましょう。

楽しい事と苦しい事どっちを選ぶ?

「苦しい事」その方が自分のためになるんだ。

⇒「楽しい事」それこそ偉大な自分からのメッセージ


「楽な道と辛い道があれば俺は辛い方、険しい方に行くぜ」とか言えば格好はいいけど、

やっぱり違う気がします。

物事は特に理由があるわけでなくても、接触した時に「好き/嫌い」が自分の中からでてきます。

自然に出てくる、それがすごいことだと思うんです。

判断材料とかなくても答えが出てくるのは、偉大な自然からのメッセージだ、と考えるとどうでしょう。

「楽しい」と思える方は「それが正解だよ」というメッセージで、「辛い」と思える方は「それは間違ってるよ」

というメッセージという事になります。

そういう「自分の内側からの自然な判断」を信じてみれば、良い結果につながるはずです。