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タイムカードを編集部から回収し、管理部に戻った。
早速タイムカードの中身をチェックすると、意外に
チェック率は高い。特にデザイン部の人たちはすばらしい。
ここの部のボスは、前社長の娘さんと結婚しているN松さんという
人で、仕事もできる人だった。だから部全体としてもきっちり
やってくれたんだと思った。編集部では確かあの当時は1~5編集部
まであったが、やはり編集長によってタイムカードのチェック率は
わかりやすく違っていた。とくに第二編集部のK坂氏と第五のT花さんは
案の定ひどかった。この二人とは会社が倒産する寸前まで
長い戦いを繰り広げることとなる。
タイムカードを設置しに編集部に向かうと、編集局長氏や高木さんからも
事前説明があったせいか、表立った反発はなかったものの露骨に「迷惑だな」という空気は感じた。僕がまず感じたいわゆる「編集の人間」に対する
違和感はここがはじまりのような気がする。社会人である以上、ある意味
拘束時間に対して会社から給料をもらっているのに、僕がみた「編集の人間」の多くは拘束が嫌で嫌でしょうがない人が多かった。それならフリーになれば
いいと思うのだが、そういう選択ができる人もいなかった。
どうにかこうにか編集部でタイムカードの使い方を説明し、設置を終えて
管理部ビルに引きあげた。そして一カ月が過ぎ、正直「何を言われるかわからんな」「全然タイムカードをつけてないかもしれないな」と思いながら
編集部にタイムカードの回収に向かった。
編集部に鈴をつけに行く仕事とは、タイムカードを導入することだった。
今まではいわゆる「裁量労働制」ということで、編集部・管理部ビル共々
勤務時間は手書きの出勤簿にて行っていたとのことだった。
ところが、業績の悪化に伴いファンドが入った結果、当然のことながら
各人の生産性が問われることとなり、編集でも管理でもタイムカードが
導入されることになった。管理部ビルでは特に問題なく周知されたが、
編集の方ではおそらく相当な反発が予想され、そのためある意味実態が
分かっていない僕が鈴をつけに行く役割を担った。というわけで、
僕は編集部にタイムカードと打刻の機械を持って向かった。
一通り紹介を受けた後、いよいよ僕が担当する仕事についての説明を
受けた。僕の入った部署は管理部で、他の会社で言えば経理部+総務部と
いったところだった。僕の仕事はとりあえずは前に書いた短井さんの業務
とのことだったが、実際には林川さんや大野さんに引継ぎは終わっており
とりあえずの仕事は正直言ってなかった。入社一ヶ月くらいはいろんな
資料を眺めるとか出版社と取次ぎの関係とかを学んでいた。しかし
この頃からすでに業績は低迷しており、だんだん親会社の締め付けが
厳しくなり、下っ端の僕がまず編集部に鈴をつけに行く役割を
おおせつかることとなる。