タイムカードの回収が終わると、しばらくは放置プレーの一ヶ月だった。今考えるとこの頃はほぼ五時半には帰っており、まったくのパラダイスだった。管理部回りの人はなぜか24時近くまでいるみたいなのだが、その理由はすぐにわかった。

タイムカードを編集部から回収し、管理部に戻った。

早速タイムカードの中身をチェックすると、意外に

チェック率は高い。特にデザイン部の人たちはすばらしい。

ここの部のボスは、前社長の娘さんと結婚しているN松さんという

人で、仕事もできる人だった。だから部全体としてもきっちり

やってくれたんだと思った。編集部では確かあの当時は1~5編集部

まであったが、やはり編集長によってタイムカードのチェック率は

わかりやすく違っていた。とくに第二編集部のK坂氏と第五のT花さんは

案の定ひどかった。この二人とは会社が倒産する寸前まで

長い戦いを繰り広げることとなる。





タイムカードを設置しに編集部に向かうと、編集局長氏や高木さんからも

事前説明があったせいか、表立った反発はなかったものの露骨に「迷惑だな」という空気は感じた。僕がまず感じたいわゆる「編集の人間」に対する

違和感はここがはじまりのような気がする。社会人である以上、ある意味

拘束時間に対して会社から給料をもらっているのに、僕がみた「編集の人間」の多くは拘束が嫌で嫌でしょうがない人が多かった。それならフリーになれば

いいと思うのだが、そういう選択ができる人もいなかった。

どうにかこうにか編集部でタイムカードの使い方を説明し、設置を終えて

管理部ビルに引きあげた。そして一カ月が過ぎ、正直「何を言われるかわからんな」「全然タイムカードをつけてないかもしれないな」と思いながら

編集部にタイムカードの回収に向かった。

編集部に鈴をつけに行く仕事とは、タイムカードを導入することだった。

今まではいわゆる「裁量労働制」ということで、編集部・管理部ビル共々

勤務時間は手書きの出勤簿にて行っていたとのことだった。

ところが、業績の悪化に伴いファンドが入った結果、当然のことながら

各人の生産性が問われることとなり、編集でも管理でもタイムカードが

導入されることになった。管理部ビルでは特に問題なく周知されたが、

編集の方ではおそらく相当な反発が予想され、そのためある意味実態が

分かっていない僕が鈴をつけに行く役割を担った。というわけで、

僕は編集部にタイムカードと打刻の機械を持って向かった。

一通り紹介を受けた後、いよいよ僕が担当する仕事についての説明を

受けた。僕の入った部署は管理部で、他の会社で言えば経理部+総務部と

いったところだった。僕の仕事はとりあえずは前に書いた短井さんの業務

とのことだったが、実際には林川さんや大野さんに引継ぎは終わっており

とりあえずの仕事は正直言ってなかった。入社一ヶ月くらいはいろんな

資料を眺めるとか出版社と取次ぎの関係とかを学んでいた。しかし

この頃からすでに業績は低迷しており、だんだん親会社の締め付けが

厳しくなり、下っ端の僕がまず編集部に鈴をつけに行く役割を

おおせつかることとなる。