Challengeな毎日 -20ページ目

Challengeな毎日

感謝の気持ちを忘れずに、マラソン、トレイルランに励んでいます。
めざすは、UTMB!

先週末は長瀞へ。

 

2週続けてのトレイルラン。

 

波久礼駅を午前8時過ぎにスタート。

 

この駅まで結構遠かった…。

 

時間を優先して新幹線で熊谷経由で行った。

 

すぐに裏手にある山にトレイルイン。

 

適度なアップダウンがあってトレイルラン向き。

 

このあたりは北武蔵らしい。

 

 

途中にある陣見山、雨乞山を越えて行く。

 

そしていったん野上駅方面に下山。

 

 

そこからは長瀞アルプスにはいる。

 

ハイカーの数もグッと増えてきた。

 

そして宝登山に登頂。予想していたとはいえ凄い人。

 

山頂標を背景に写真を撮る人の列・・・。

 

ロウバイを楽しむ人の列。

 

黄色いロウバイが青空に映える。

 

 

ここから見える武甲山は存在もあってかっこいい。

 

 

本来ならこのまま長瀞駅にゴール。

 

だけどこの日は、未踏の皆野アルプスの山に登るために先へと進む。

 

このおまけの10㎞が結構しんどかった。

 

それでもなんとか計画通りにトレイルラン終了。

 

それなりにイイ練習になったと思う。

 

移動距離:37.6㎞

行動時間:8時間

累積標高:2,283m

 

 

 動画「ときがわTrail Run ~千葉の低山を駆け巡る~」 公開

YouTubeチャンネル:としの山行記


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仕事帰りに池袋へ。

 

先月に続いてのクラシック鑑賞。

 

先月はベートーヴェンのピアノ協奏曲第4番、この日はピアノ協奏曲第3番。

 

協奏曲でありながら交響曲のようなスケールを感じた。

 

それはこの曲がベートーヴェンのハ短調の作品だからだろうか。

 

ピアノとの掛け合いもどこか音の厚みみたいなものを感じる。

 

他のピアノ協奏曲とは違って楽しめた。

 

後半はドヴォルザークの交響曲第8番。

 

交響曲第9番もそうだけど、どちらも「山の中を散歩」しているような気分になる。

 

それは曲が風景と情緒を表現しているからだと思う。

 

心地良く聴いた。

 

ただ第4楽章はちょっとせわしないような気がした。

 

以前はそんなこと感じなかったんだけど。

 

クラシック音楽も歳と共に感じ方が変わってくるのかもしれない。

 

 

2026 都民音楽フェスティバル

 

ヴェートーベン:序曲「コリオラン」作品62

ヴェートーベン:ピアノ協奏曲第3番 ハ短調作品37

ドヴォルザーク:交響曲第8番 ト長調作品88

 

指揮:太田 弦

ピアノ:小山 実稚恵

管弦楽:東京都交響楽団

 

会場:東京芸術劇場

 

 動画「ときがわTrail Run ~千葉の低山を駆け巡る~」 公開

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自分はDXという名のつく部署で仕事をしている。

 

AIを活用して生産性を向上させることもやっている。

 

そんな自分が言うのもなんだけど、AIに対して違和感を覚えることが多々ある。

 

最近は目に触れるCMや記事、映像もAIで作成されているものが多い。

 

そのクオリティたるや、ちょっとやそっとでは見分けがつかない。

 

なので、どこまでが事実なのか、どこからが推察や創作なのか。はたまたフェィクなのか。

 

面白い話しや感動する話しを見聞きして、あとからそれがAIによるものだと知った時

 

何とも言えぬ不快感を覚える。

 

そうなるとあらゆるものに対して猜疑的になる。

 

自分だけではないと思う。

 

なんらかの決まりをつくるべきだと思う。

 

AIはすでに人を凌駕しつつある、昔のSF映画が現実的にならないことを願う。

 

ちなみにこのブログは100%自作である。

 

Please ask me about Challe!

 

I work in a department with "DX" in its name.

 

We improve productivity using AI as part of our job.

 

Even so, I often feel a sense of discomfort toward AI.

 

Many commercials, articles and videos we see are created by AI recently.

 

Their quality is so high that you hardly tell them apart from human-made ones.

 

Because of that, it's hard to know what is factual , what is  inference or fictionn,  or  what is outright fake.

 

When I hear  a funny or touching story and later find out it was generated by AI,

 

I feel an indescribable sense of discomfort.

 

That leads me to became suspicious of everything.

 

I'm not the only one who feels that, I think.

 

I think we need some kind of rules or standards for AI.

 

AI is already beginning to surpass  human capabilities, and I hope old SF movie's scenarios don't become reality.

 

By the way, this blog is 100% written by me.

 

 動画「沼津アルプス ~静岡のご当地アルプス~」 公開

YouTubeチャンネル:としの山行記

 


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