「山を走る」ではなく「山を駆ける」と書いてみた。
なんとなくその方がカッコいいし、しっくりくる。
ここ数年はトレイルレースへの参加を減らしてきている。
参加するレースの殆どはウルトラトレイルと言われる長距離のもの。
タイムよりも完走、そこで感じることに重きが移っている。
なぜ「より遠く、より高く、より長く」なっているのか?
たまに聞かれることがある。
そこで得られる達成感、満足感。
そう答えることが多い。
たしかにそれは何とも言えないものがある。
山を走ることで自然を感じ、楽しさも感じられる。
それもひとつ。
だけどなんか表面すぎるというか軽い感じがする。
トレイルランニングとしてはそれで十分なのかもしれない。
けれどもそれに魅了される人の中には「山」に向かっていく人も多い。
それが何なのか?
レースではある程度、安全が確保された中で行われている。
なので比較的容易に長く険しく、厳しい状況に身をおくことができる。
そこで感じること。
普段の価値観、心情など入り込む余地もない圧倒的な自然。
多くの知識や情報など役に立たない。
いやおうなしに自分と向き合うことになる。
「自分はどこまで行けるのか」
「自分はいったい何をやってるんだろう」
最初は肉体的な自己問答から始まる。
それが長い時間たつと精神的な自己問答も混ざってくる。
おそらく「自分を知りたい」のだろう。
本能的な欲求なのだろう。
達成感、満足感の先に何かがあるというのはその感覚的なものだと思う。
それが分かるまで「さらにさらに」と心揺さぶられる。
昔から山は崇拝の対象であり、修行の場所であったという。
妙に合点が行く。
だから「山を走る」ではなく「山を駆ける」。
「トレイルランニング」は現代的な言葉だけれども奥は深いはず。
むしろ日本人のDNA的には合っているとさえ思える。
レースという守られた枠から少しずつ外に出て、
ありのままに自然を感じていきたい。
突き進めれば「なぜ自分が生きているのか」そう思うときがくるそうだ。
その時に「自分は生かされている」そう思える境地を目指すのも悪くない。
生の息吹がまぶしいこの季節。
俗世間から離れて山を駆け回りたい。
決して逃避行ではなく・・・(^-^;
「あ~、あの人、変な方向に行っちゃったよ」 と思わないでください(^-^)
今度の週末は山へ♪
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