今日は何の日?【トリビアン】で雑学王 -86ページ目

今日という日【9月30日】

■日本最初のホームページ

1992年9月30日。

日本最初のホームページとは日本国内に設置されたWebサーバから初めて公開されたウェブページの通称である。単一のページでありウェブサイトの構成は採っていなかった。

用いられたサーバは茨城県つくば市にある文部省高エネルギー物理学研究所計算科学センター(略称KEK、のちの大学共同利用機関法人高エネルギー加速器研究機構)に既存しており、同組織に所属していた「森田 洋平」によりHTMLで記述された「KEK Information」というタイトルのwwwのページがサーバー上に置かれた。
森田が本ページを配置したきっかけは、1992年9月に欧州原子核研究機構(CERN)を訪問したことによる。当時CERNにおいてwwwの研究および普及を推進していた「ティム・バーナーズ=リー」よりWebサーバ設置を要請された。そこでCERNの端末を借用してKEKにログインしページ記述作業を行い、サーバの上にファイルを置いた。急な作業であったために、ファイルが配置されたサーバはHTTPサーバではなくFTPサーバであった。その後リーがKEKのページをCERNのリンクに追加したことで、このページが世界中に公開された。この日が1992年9月30日である。

今日という日【9月29日】

■新潟日報社襲撃事件

1946年9月29日。

新潟日報社襲撃事件」は、1946年9月29日に新潟県新潟市で発生した暴力事件。

1946年9月23日付の新潟日報夕刊は、「MPも出動、坂町で深夜の乱闘」と題して、在日朝鮮人や在日中国人が新潟県岩船郡保内村(現:村上市)内で起こした坂町事件の記事を掲載した。読売新聞も事件を報じた。

1946年9月26日、在日本朝鮮人連盟などの朝鮮人16人が新潟日報社を訪れ、新潟日報社と読売新聞社の両社に対して、「坂町事件の報道に誤りがあると認め、ラジオ放送を通じて新潟県民に誤報であったという声明を出せ」と要求。両社は「即答はできない」として、29日まで猶予してもらうことになった。

その後、読売新聞社は、9月28日になって譲歩し、誤報を認め謝罪記事を掲載することで話がついた。

9月29日、朝鮮人16人が再度新潟日報社を訪れ、新潟日報社側の返答をせまった。新潟日報社は「警察の調査結果をまって善処する」と答え、彼等の要求を拒んだため、朝鮮人側は憤慨し、茶碗を投げつけたのを合図に一斉に暴れだし、社内の備品を破壊。
新潟警察署は、朝鮮人らを暴力行為等処罰ニ関スル法律違反で逮捕した。

最終的に9人が起訴され、裁判の結果、暴力行為等処罰ニ関スル法律違反と業務妨害罪で有罪の判決が下った。

今日という日【9月28日】

■プライバシーデー

1964年9月28日。

「宴のあと」裁判で、日本で初めてプライバシーの権利を認めた判決が、この日に下されたことに由来。

1961年3月15日、元外務大臣、東京都知事候補の「有田 八郎」は、「三島 由紀夫」の「宴のあと」という小説が自分のプライバシーを侵すものであるとして、三島と出版社である新潮社を相手取り、損害賠償100万円と謝罪広告を求める訴えを東京地方裁判所で起した。
裁判は、「表現の自由」と「私生活をみだりに明かされない権利」という論点で進められたが、1964年9月28日に東京地方裁判所で判決が出て、三島側は80万円の損害賠償の支払いを命じられた(ただし謝罪広告の必要はなし)。三島側は10月に控訴するが、この後、1965年3月4日に有田が死去したため、1966年11月28日、有田の遺族と三島、新潮社との間に和解が成立した。

三島 由紀夫」は、日本で最初のプライバシーの侵害裁判の被告であった。また、もの珍しさから、「プライバシーの侵害」という言葉は当時、流行語となった。