今日は何の日?【トリビアン】で雑学王 -51ページ目

今日という日【1月7日】

■人日の節句

1336年1月7日。

五節句のひとつ。古来中国では、この日に7種類の野菜(七草)を入れた羹(あつもの)を食べる習慣があり、これが日本に伝わって「七種粥」となった。

日本の行事食となった「七草粥」は、春の七草や餅などを具材とする塩味の粥で、その一年の無病息災を願って、人日の節句(1月7日)の朝に食べられる。祝膳や祝酒で弱った胃を休める為とも言われる。この行事は、平安時代には行われていたが、室町時代の汁物が原型とされている。

七草粥」は七草すべてが使用されるわけではなく、また地方によっても食材が異なる場合がある。気候や降雪の関係で七草が摘めない東北地方では、七草を使わない粥を炊く。山形県の村山市周辺ではゴボウ、ニンジン、こんにゃく、ずいき、油揚げなどを入れた納豆汁、七草汁を1月7日の朝食として食べる。最上川流域では1月7日に新米の握り飯を12個作り、箕の上に乗せて柳の箸を刺して「おみ玉」として飾る。その後で握り飯を崩して煮込み、野菜、昆布、干し柿、栗を入れたものを「七草粥」と呼ぶ。また、青森県や秋田県では1月7日に行事を行う地域は少数で、そのかわり、1月16日の小正月には、けの汁という根菜を大量に炊き込んだ精進料理を味わって祝う。

今日という日【1月6日】

■北朝鮮漂流船問題

2012年1月6日。

北朝鮮漂流船問題」は、2012年1月に朝鮮民主主義人民共和国の船が日本の領海に漂流していた問題。

2012年1月6日に日本海の島根県隠岐島の近海で不審な小型木造船がいるという情報に基づき、海上保安庁第八管区海上保安本部(京都府舞鶴市)の巡視船と航空機によって島根県隠岐島沖合約1km付近の海上で、いかりが下ろされた状態の木造船を確認された。船の大きさは全長約7m幅約2mで、船体にはハングル文字が書かれており、GPS(衛星利用測位システム)が搭載されており、空になった燃料タンクがあり、水や食料はなかった。

船には3人男性が生存しており、他1人男性が低体温症で衰弱死していた。船員は北朝鮮の漁民を名乗り、2011年12月中旬に漁に出ている際に遭難し、死亡した男性は数日前に死亡したと話している。また北朝鮮最高指導者の「金 正日」の死去(2011年12月19日発表)は知らなかったと話す一方で、北朝鮮への帰国を希望している。この船については亡命目的や工作活動の説も出ていたが、日本政府は北朝鮮漁船の遭難と判断した。

日本と北朝鮮は非公式協議で帰国手続きを取ることで合意。1月9日に3人は福岡空港から北京を経由して北朝鮮に帰国した。1月19日に成人男性の1遺体は日本赤十字社の手で火葬された遺骨が在日本朝鮮人総連合会に引き渡された。

今日という日【1月5日】

■天声人語登場

1904年1月5日。

天声人語」は、朝日新聞の朝刊に長期連載中の1面コラム。1904年1月5日に初めて掲載され、以後、別の題名となった時期を挟みながら1世紀以上にわたって継続して掲載されている。最近のニュース、話題を題材にして朝日新聞の論説委員が執筆し、社説とは異なる角度から分析を加えている。特定の論説委員が一定期間「天声人語子」として匿名で執筆している。見出しは付けられていない。

1904年1月5日に大阪朝日新聞で掲載が始まった「天声人語」は、同年2月から中断し、「鉄骨稜々」と題されたコラムに代わるが、3月には「天声人語」に戻された。大坂に遅れて、東京朝日新聞では1913年6月から「東人西人」が常設コラム化されたが、1940年9月に東西のコラムは統合され「有題無題」となり、1943年1月には「神風賦」となって、戦時中はこの題名が続いた。コラムが「天声人語」に復したのは1945年9月であった。