今日という日【3月11日】
■スペイン列車爆破事件
2004年3月11日。
スペインの首都マドリードで爆弾テロ事件が起きた。191人が死亡し、2,050人が負傷した。
2001年9月11日の「アメリカ同時多発テロ」と並び、日付から「3・11事件」と呼ばれ、スペイン国内では、「11-M」(スペイン語で3月を意味するMarzoのM)と呼称される。
マドリード市内のセルカニーアス(近郊鉄道)のアトーチャ駅など3つの駅で大規模な爆発が起こった。アトーチャ駅に入ろうとした電車で1回目の大きな爆発。その1分以内に同じ列車で2つの爆発が起こった。それとちょうど時を同じくしてマドリッド市内にあるエル・ポソ駅に停車中の電車で2つ、サンタ・エウヘニア駅では1つの爆発で客車が破壊された。そして7時39分にマドリードの中央駅アトーチャ駅から500mの地点で他の列車で4つの爆発が起こった。合計で10回の爆発!
犯行後、「アブー・ハフス・アル=マスリー大隊」と称するイスラーム過激派系のテロリストグループがロンドンのアラブ系有力紙に犯行声明を出した。「死の部隊が欧州の深部に浸透し、十字軍の柱の一つであるスペインを攻撃し痛打を与えることに成功した」「(スペイン首相)アスナールよ、米国はどこだ。だれがお前を我々から守ってくれるのか。英国、日本、イタリア、そのほかの協力者か?」などと、電子メールを使って送ってきた。
警察当局は13日、実行犯とするモロッコ人3人と、インド人2人を逮捕したと発表。しかし、実際に刑が確定されたのは、その後大量に逮捕された容疑者の中で16歳のアラブ系少年だけ。その後、テロに関与したとされる28被告の公判が2007年10月31日にあり、21被告に有罪判決(残る7被告は無罪)が下され、特に主犯格のモロッコ人「ジャマル・ゾガム」ら2被告には約4万年の禁固刑という非常に長い刑期が言い渡された。スペイン史上最悪のテロ事件ではあるがスペインには死刑や終身刑の制度がないため、このような判決になったと思われる。しかし、制度上、実際の刑期は40年程度に留まるものと見られている。
ランチタイム
『瑠璃亭』
ども!TK89です。
今日も相変わらず寒かったですねぇ。午前中、仕事で地元の方へ行っていたんですが、雪がチラついていましたからね。驚きでした。
で、午前中の仕事を終えランチタイム。せっかく地元にいたので、地元の仲の良い友人にTEL。そしたらその友人もその辺りで仕事中とのこと。ともに営業の仕事をしており、会社があるのは名古屋市内。おぉ!なんという偶然!!じゃ一緒に昼飯食うかぁという話になり、これまた地元でお気に入りの喫茶店へ。
「瑠璃亭」という喫茶店。コーヒーも美味しいんですが、パスタも美味い!そして種類も豊富。
今日は、「醤油マヨネーズソース」から「なすとウインナー」をチョイス。結構濃い味なんですが、それがやみつきになります。ランチタイムということで飲み物を注文するとサラダとパン、そしてデザートが付いてきました。
甘いモノはあまり食べないんですが、チーズケーキは食べます。これまた美味かった。甘いモノ大好きな友人はババロアとココア。
このココア。ココアの中にチョコレートアイスクリームがinしちゃってるんですねぇ。自分は甘過ぎて飲めません。でも友人は夢のような飲み物と美味しそうに飲んでました。
いつもはコンビニでランチが多いので今日はいいランチタイムになりました。
愛知県の一番西の街へお越しの際はぜひ寄ってみて下さい。
「瑠璃亭 」
チャオ!
今日という日【3月10日】
■東京大空襲
1945年3月10日。
東京は、1944年11月14日以降に106回の空襲を受けた。特に1945年3月10日、4月13日、4月15日、5月25日に大規模な空襲を受けた。通常「東京大空襲」と言った場合は、特に規模が大きかったこの日に行われた空襲を指すことが多い。太平洋戦争(大東亜戦争)中に行われた空襲の中でも、とりわけ民間人に被害を与えた空襲。
それまでの爆撃とは異なり、3月10日の大空襲は低高度・夜間・焼夷弾攻撃であった。その目的は、市民の生活の場である木造家屋が多数密集する下町の市街地を、そこに散在する町工場もろとも焼き払うことにあった。この攻撃についてアメリカ軍は、日本の中小企業が軍需産業の生産拠点となっているためと理由付けしていた。
アメリカ軍が「東京大空襲」の実施を3月10日に選んだ理由は、3月10日が日本の「陸軍記念日」である事に因んでいるという説が有力。ただしこのことがアメリカ側の資料で確認されているわけではない。
爆撃による火災の煙は高度15,000mの成層圏にまで達し、秒速50m以上という竜巻並みの暴風が吹き荒れた。この空襲での爆弾の制御投下弾量は38万1,300発、1,783tにものぼった。



