10連休の終焉
『ゴールデンライフ!』
ども!TK89です。
時の流れは早いものであっという間の10日間だった。犬山城観光、ボランティア活動準備、サッカー、パチンコ、BBQ、ボランティア活動、法事。なんか振り返ってみると色々充実してたのかな。
その中でも一番の出来事はやっぱりボランティアかなぁ。なんていうか人生観が変わったというか、行く前と行った後では人への接し方というか、な~んか変わったんですよねぇ。同じ志を持った人たちとの出会いが自分を変えてくれたというか、そこには親から子への無償の愛みたいなものが確かにあったんですよ。
気恥かしいですが、ホントの愛ってヤツに触れた気がする。ボランティアって活動を自分が今回初めてやってみて、もちろん対価がある訳じゃない。でもそこには「笑顔」と「ありがとう」って言葉がある。それでもう満足。自分のしたことによって笑顔が生まれる。その人の人生のほんの一部分かもしれないけど触れることができる。こんなに嬉しいことはない。また一つ自分のことを好きになることができた。あの活動の中に、「愛」「絆」「友情」言葉は色々あるけれどそういうものが満ち溢れてた。こちらこそ「ありがとう」。
2011年のゴールデンウィークは自分の人生観が変わった休日だった。一周忌だった祖父もきっと空から「笑顔」で見守っててくれてるかな。
よっしゃ!明日からも頑張るべっ!
チャオ!
ボランティア精神
『自己満足かもしれない』
ども!TK89です。
しつこいようですが、5月5日、6日と宮城県亘理町へボランティアへ行ってきた。元々は南三陸町にボランティアへ行く予定だったが、道中HPなどを見て県外ボランティアの募集を一時中断ということを知り、ボランティア大募集となっていた亘理町へ行くことにした。
5月4日、18:00に名古屋を車で出て約700kmの移動。途中東北自動車道は地震の影響なんでしょう、道が波打ってた。
明朝5日の4時過ぎに白石ICを降りた時は失礼な言い方だが拍子抜けした。テレビなどで入ってくる宮城県の被災イメージと、いわゆる宮城県内陸部の状況が違ったからだ。コンビニが煌々と営業しており、24H開いているゲームセンターでは若者がダーツに興じていた。ごめんなさい!ホント到着時はあれっ?って感じでした。改めてマスメディアの情報のみを鵜呑みにする恐さを知った。
土地勘もないので、そのままナビに従うまま進み亘理町ボランティアセンターへ到着。新規のボランティアは朝7時30分から受付の為に並び出すという情報を得た為、先にテントで寝ている方達の睡眠を妨げないよう一旦その場を離れ、そのまま車を東に進めた。
少しづつ瓦の落ちた家、水害を受けたであろう家々があった。橋を越えるととんでもない景色がそこにあった。
写真を撮るのもどうかと思ったが、この惨状を自分の記憶と、自分の知っている人に知ってもらいたいと思い撮影させていただいた。ただただ絶句だった。
時間も迫り、ボランティアセンターへ戻りまずは朝食。近くにコンビニもあり、そこで調達もできたが、食材も水も準備してたので自分達で腹ごしらえ。
いざ受付へ。
ボランティア活動をする際は、ボランティア保険への加入が必要。地元の愛知県の社会福祉法人で申請していたので時間を短縮することができたが、現地で申請することも可能だった。
そして案件がひとつづつ読み上げられマッチングが行われる。自分の力量やできることを考えて案件を選ぶことができる。自分達は男3人だったので、汚れても大丈夫だし、力仕事だってできる。あるお宅の片づけの案件が読み上げられ募集人数も4人とのことだったので挙手。各案件にはそれぞれボランティア活動をその地で続けている人から選出されている。リーダーと選出されたメンバーとでオリエンテーションを行い、作業をするための資材をセンターから借り、いざ現場へ。
沿岸部のそのお宅は、家こそ残っていたものの、1階にあったものはすべて流され、家の隣に建てられていた納屋なども流されてしまっていた。庭や家の中にある汚泥の除去と床や断熱材、壁の撤去作業。
津波に浸かってしまった部分は雑菌だらけなのでそれらを撤去しなければならない。
作業自体は10時前くらいから始まり、1時間ごとに10分ほどの休憩が入る。昼休みは12時頃に1時間取る。ボランティアをする人が怪我などしないようにするためだそう。作業自体も進行具合によりリーダーが判断することになっているが、だいたい15時過ぎから片付けに入る。
作業を終え、センターへ戻る際に少々お家の方とお話。イチゴ農園などを営んでいたおじいさんとおばあさん。周りに見える景色は畑だったのか、田んぼだったのかはたまたビニールハウスであったのかすら分からない状態。
おばあさんは「仕事する場所も、お金もない。でも命が残り、家もほぼゼロからだけどなんとか残ってくれてる。絶対にまたイチゴを作る。畑が塩水に浸かっちゃってるから、また作れるような土地になるまで1年、2年掛かるかもしれない。でも絶対またやる。絶対イチゴを作る。時間は掛かるかもしれないけど、また美味しいイチゴを作る。で、そのイチゴをみんなに食べてもらえたらいいなぁって思ってます。今日は手伝ってくれてありがとう。」
そんなことを僕たちに言ってくれた。むしろマイナスからのスタートなのに、それでもしっかり前を向いて歩いてるそのおばあさんと出会い、センターに帰る車の中、涙が自然とこぼれた。
ボランティアセンターに戻り借りていた資材の返却と作業報告。17時半頃には各自自由行動。センターの近くに自衛隊が風呂を設営してくれていたのでそこでその日の疲れを癒した。
現地でお金を使うこともボランティアってことで、近くでやっていた居酒屋へ。宮城県といえば牛タンってことで生ビールのお供に注文。美味かった。長距離運転と力仕事により生ビール3杯で泥酔状態。テントに戻り寝袋に包まり明日の為に就寝。
2日目も同じようにマッチングから作業。新しいリーダーの元、新しいメンバーとの共同作業。ボクらは2日目の新米ボランティア。その他のメンバーはそれ以前から現地で一緒になりやっていたメンバーってことでそれなりにやってきたんだぞって自尊心がある。後々聞いた話だが、観光ボランティアって言葉はないが、作業もそこそこにミーハー気分で来るような人達がいたみたいでボクらは試されていたみたい。結果しっかり働くことで認められた感じになり、その方たちと作業後夕食へ。
その方たちも最初から一緒に活動していたメンバーではなく、現地で知り合ったそう。千葉、川崎、東京、静岡、宮城の蔵王から来た方々。家族のいる方、いない方。休学してこれから半年間活動しようと決めた学生。なによりホント凄いなって思ったのが、それぞれ個人1人で現地に入っているってこと。
夕食時に再開を約束し、電話番号の交換。志を同じにした人達との出会いだった。
今回ボランティアを終え思った事。
ボランティアってつまりはマスターベーション。俺、いいことしてるって気持ち良くなって、そこでお手伝いさせてもらった方にありがとうって言ってもらえたら更に気持ちよくなれる。だから長く続ければ時にはやってやってるって勘違いする人間も出てくる。マスターベーションって思ってれば、させてもらってますって気持ち忘れないと思うから。
もしかしたら捻くれた思いかもしれないけど、そこにはまぎれもなく少しでも現地の人の力になれたらって気持ちは絶対ある。ボランティア精神はさせてもらってるって気持ちだと思う。
最後に、6日は平日ということもありボランティアメンバーの人数も激減した。来週からはさらに減ることが予想されている。東北の復興のために、また時間を作って行きたいと思います。
チャオ!
今日という日【5月7日】
■世界エイズ孤児デー
2002年5月7日。
「国連子ども特別総会」がニューヨークで開催され制定された。エイズ孤児問題への意識を高めることを目的として宣言された。
エイズ孤児とは、両親のいずれかもしくは両親ともエイズによって失った子ども(孤児)や、HIV感染あるいはAIDS患者の孤児とされている。
地球全体の生存HIV感染者、AIDS患者推計数は、4,200万人(2002年:WHO)と数えられている。その内、約3,000万人は、サブサハラ(サハラ砂漠以南のアフリカ)にいる。今、世界には1,660万人のエイズ孤児がいると言われている。
HIV感染する者の多くは性的に活発な年齢の者で、つまりは一家の大黒柱となる年齢層の人々である。エイズにより両親を失った子供は、祖父母・親戚などに預けられるが、自活の為しか余裕が無い年配者などは、苦しい生活を強いられることになり、貧困の原因となる。
子どもたちがHIV感染する理由は、主に母子感染と未成年者のセックスなどが挙げられる。母胎から胎児にウイルスが感染する場合が全体の15%~30%、母乳からの感染が全体の10~15%を占めている。







