今日という日【6月10日】
■ミルクキャラメルの日
1913年6月10日。
キャラメルの販売自体は「森永製菓」の前身の「森永西洋菓子製造所」が1899年(明治32年)に創業した頃から行われてきたが、現在の「森永ミルクキャラメル」になったのは1913年(大正2年)6月10日からである。商品名が「キャラメル」から「ミルクキャラメル」に変更された6月10日は、「ミルクキャラメル」を通じ、懐かしい思い出を語り合う日として、「ミルクキャラメルの日」と制定されている。
発売当初は、高温多湿の日本の気候に合わず「キャラメル」が溶けてしまうという性質から、「森永太一郎」が改良を重ね、現在の形となった。
初期はブリキ缶1斤に1粒5厘のばら売りで販売されていたが、容器代などにコストがかかり、高級菓子となってしまったため、その後、現在まで続く黄色いデザインの紙容器となった。
「森永製菓」の全商品中、現在も唯一昔の「エンゼルマーク」を使用している。
発売当初から、新聞、雑誌、街頭ポスターなどの広告などを展開してきたほか、昭和中期まで、大規模な宣伝活動も展開された。
・森永号:1931年6月から4ヶ月間、日本電報通信社(現:電通)から借りた複葉機を使い、日本全国を飛び回った。キャラメル30銭分につき1個の複葉機の模型がプレゼントされ、模型はキャンペーン期間中に300万個プレゼントされたという。
・ネオン地球儀:1953年から1983年まで、東京都中央区銀座にあった。また、名古屋市中村区名駅の大名古屋ビルヂングの屋上にも「森永のネオン地球儀」が設置されていた。(後にコカ・コーラに広告主が変更され、現在は撤去。)
奇跡の酒
『呑みたい』
ども!TK89です。
AKB48総選挙の結果が出た今日、皆さんいかがお過ごしでしょうか?あっちゃんが1位に返り咲いたそうですね。政治家達の選挙もこれくらいの注目度と盛り上がりを見せて欲しいと思うのは自分だけじゃないハズ。
さて、あの東北地方太平洋沖地震の発生から3ヶ月がそろそろ経とうとしています。全世界第4位となったあの巨大地震により最大溯上高40.5mを記録した岩手県宮古市。その宮古市の地酒「千両男山」で知られる「菱屋酒造店」で、貯蔵タンクに入った日本酒9,000L余が無事と分かったというニュースを目にした。関係者は津波被害を免れた「奇跡の酒」と喜んでいるという。
津波は1F天井まで押し寄せたが、タンクは密閉されていたため海水は入らなかったらしい。見つかった「日本酒」は一升瓶に換算すると6,000本分近くになるという。今後は成分分析をし、加熱殺菌を行い、近く「千両男山 純米酒」として宮古市内外で売り出す予定だそう。
あの大災害の中、しぶとく生きた「奇跡の酒」。「千両男山」。150年間守り続けている湧水を使用したこのお酒。雑味のないすっきりとした味わいで、漁師町で造られているお酒とあって、浜料理によく合うそう。
そんな「奇跡の酒 千両男山」。呑みたい!って強く思った。さすがに現状は「菱屋酒造店」の他の酒は売ることができない状況の為、売り切れとなっている。
この「奇跡の酒」を足掛かりにこれからも美味い酒を作り続けて欲しいと切に願う。
チャオ!
今日という日【6月9日】
■マイケル・J・フォックスの誕生日
1961年6月9日。
カナダ、アルバータ州、エドモントンで本名「マイケル・アンドリュー・フォックス」が産まれた。俳優になる際に同名俳優がすでにいたため、尊敬する「マイケル・J・ポラード」にちなみ「J」の字を付け、「マイケル・J・フォックス」とした。
18歳でアメリカへ渡り、4年後、主役の「アレックス・キートン」を演じたTVドラマシリーズ「ファミリータイズ」のヒットにより一躍全米に顔が知れ渡る。その後、ハリウッドにも進出し、「バック・トゥ・ザ・フューチャー」シリーズの主人公の「マーティー」を演じ、同シリーズの大ヒットによりハリウッドのトップスターの仲間入りを果たした。
その後も「摩天楼はバラ色に」などのコメディ映画に出演しするなどコメディセンスに定評があり、エミー賞コメディ部門主演男優賞では「ファミリータイズ」で3回(3年連続)と「スピン・シティ」で1回、計4回の受賞歴がある。
30歳の若さで「パーキンソン病」を発症。1990年頃から発症の兆候が見られ、病を隠しながら自らプロデュースに参加し主演をつとめたTVドラマシリーズ「スピン・シティ」などに出演を続けるが、1998年に病気を公表。2000年には「スピン・シティ」を降板し、俳優活動から退いた。
その後、「パーキンソン病」の研究助成活動を始め、「マイケル・J・フォックス パーキンソン病リサーチ財団」を設立。自らの生い立ちや「パーキンソン病」との格闘を綴った自伝「ラッキー・マン」を発売し、アメリカ国内でベストセラーとなった。売り上げは全て同財団に寄付されているという。
俳優活動から退いた後は、「スチュアート・リトル」などのアニメ映画の声優などを行った。
2010年2月28日、カナダ出身ということで、「バンクーバーオリンピック」の閉会式で元気な姿を見せ、順調な回復をアピールした。