ボクらの力
『準優勝』
ども!TK89です。
今日はフットサルの大会に参加してきた。いつも利用させてもらってる「デラサル楠 」で開催の大会。
久々のマジモードの試合。やるからには「絶対に負けられない戦いがそこにはある」ってな感じ。でも結論から言ったら準優勝。決勝で惨敗。力不足だった。
予選グループリーグは3連勝で首位通過。個人的にもゴールもアシストも決めてたし、チーム内にも楽勝で優勝だなんて雰囲気が漂ってた。でも決勝トーナメントに入ると一転。ノックアウト方式ってこともあり、慎重な立ち上がり。1回戦、2回戦はともに1-0の辛勝。2回戦の試合は終了1分前のギリギリゴール。まぁその1点は私が決めたんですけどっ!皆が繋いでくれたボールを決める事ができて良かった。
決勝戦は満身創痍。1人肉離れ。6人しかいなかったから交代ナシ。個人的にもふくらはぎパンパンで、途中から攣ってた。それは言い訳にしたくないけど、惨敗だった。予選グループリーグ3試合で20得点という攻撃力を出す事ができなかった。
個人的な課題は、メンタル部分で熱くなり過ぎないこと。やられたらやり返せってな感じで、舐めんなこのヤロー!ってなっちゃうし、非紳士的な言動やプレーをされたりすると、あぁん?ってボディコンタクトがガツガツになっちゃうところ。いい意味で力抜けないんですよねぇ。
あとは最後まで走れる体力と、1on1の強さ。
でもやっぱり真剣勝負は楽しい。優勝できなくてすっげぇ悔しいけど、自分やチームの課題を明確にしてくれる。
今日ボクらと戦ってくれた方々に感謝。一緒に喜んだり、悔しがったりできる仲間にありがとう。
みんなとフットサルできて良かった。次はぜってぇ優勝しよう!!
チャオ!
今日という日【6月19日】
■父の日
1909年6月19日。
アメリカ合衆国ワシントン州スポケーンの女性「ソノラ・スマート・ドッド」が、彼女を男手1つで自分を育ててくれた父を讃えて、教会の牧師にお願いして、父の誕生月である6月に礼拝をしてもらったことがきっかけと言われている。
最初の「父の日」の祝典は、その翌年の1910年6月19日にスポケーンで行われた。当時すでに「母の日」が始まっていたため、彼女は「父の日」もあるべきだと考え、「母の日のように父に感謝する日を」と牧師協会へ嘆願して始まった。
1916年、アメリカ合衆国第28代大統領「ウッドロー・ウィルソン」は、スポケーンを訪れて「父の日」の演説を行い、これにより「父の日」が認知されるようになる。
1966年、アメリカ合衆国第36代大統領「リンドン・ジョンソン」は、「父の日」を称賛する大統領告示を発し、6月の第3日曜日を「父の日」に定めた。
1972年、アメリカ合衆国では正式に国の記念日に制定された。
「母の日」の花が「カーネーション」なのに対し、「父の日」の花は「バラ」。「ソノラ・スマート・ドッド」が、「父の日」に父親の墓前に「白いバラ」を供えたからとされている。
●6月の第3日曜日に「父の日」が制定されている国々
・日本 ・中国 ・プエルトリコ ・アメリカ合衆国 ・インド ・イギリス ・カナダ ・チリ ・コロンビア ・コスタリカ ・フランス ・トルコ ・ペルー ・スロバキア ・南アフリカ共和国 ・シンガポール ・ウクライナ ・メキシコ


