今日という日【6月24日】
■UFO記念日
1947年6月24日。
アメリカ合衆国で「UFO」が初めて目撃された。
実業家「ケネス・アーノルド」が飛行機で移動中に、時速2,700kmもの速度で急降下や急上昇を行っている9機の見慣れない飛行物体を発見。「ケネス・アーノルド」fはこの物体を「空飛ぶ円盤:flying saucer」と呼び、全米で報道された。すると同様の目撃証言が相次ぎ、事態を重視したアメリカ空軍が、これを「UFO:Unidentified Flying Object(未確認飛行物体)」と名付け、調査に乗り出した。
しかし、結局正体はつかめず、1969年に「目の錯覚の類」との報告を出した。
この日、世界中の「UFO」マニアが一斉に観測を行う。
今日という日【6月23日】
■平和の礎建立
1995年6月23日。
「平和の礎」は、世界の恒久平和を願い、国籍や軍人、民間人の区別なく、沖縄戦などで亡くなった全ての人々の氏名を刻んだ記念碑。1995年6月に太平洋戦争、沖縄戦終結50周年を記念して沖縄戦跡国定公園内に建立された。
海岸線を見渡す平和の広場に建てられ、屏風型の花崗岩に銘が刻まれる。現在も追加刻銘を受け付けており、刻銘者数は2009年6月21日時点で24万856人。
公園内の戦跡は沖縄戦最大の激戦地であり、終焉地である。1945年5月、アメリカ軍の攻撃により、首里(那覇市)にあった日本軍司令部は、沖縄本島南端部(島尻)に撤退。狭い島尻には、南下侵攻するアメリカ軍から避難する一般住民と撤退・抗戦する日本軍の軍人が混在し、パニック状態に陥った。日本軍による組織的抵抗は、同年6月23日に司令官:牛島満中将が摩文仁の司令部壕で自決したことにより終了したが、アメリカ軍は翌7月初めまで掃討戦を続けた。
沖縄県は日本軍の組織的抵抗が終了した6月23日を「慰霊の日」としている。例年この日には摩文仁の「平和祈念公園」で、県主催の沖縄全戦没者追悼式が行われる。
今日という日【6月22日】
■ボウリングの日
1861年6月22日。
日本の長崎で初めて「ボウリング」が伝わった。
当時、長崎で発行された英字新聞の広告紙面に、社交サロン店主「ヘンリー・ギブソン」が新装開店を告知した広告を6月22日付で掲載した。
これが日本で最初の「ボウリング場」だと言われており、長崎出島は、日本における「ボウリング」発祥の地と言われている。当時のその「ボウリング場」は外国人居留地に開設され、場内にはプレーの合間に軽飲食もできるスナックバー風の設備が整っており、外国人達の社交とレクリェーションの場となっていた。
その後、大正、昭和に入り日本人にも「ボウリング」が長崎から広まっていった。
日本ボウリング場協会が1972年に制定した。